企業のサステナビリティ経営が求められることから、サプライチェーン全体の排出量(サプライチェーン排出量)への対応が急務となっています。
投資家や取引先、消費者からのESG対応への関心も高まる中、こうした排出量への対応は、企業価値の維持・向上に直結する重要な経営課題です。本記事では、サプライチェーン排出量の定義をはじめとするの概要や義務などを解説します。
1.サプライチェーン排出量とは

サプライチェーン排出量とは、企業の事業活動で発生する温室効果ガス排出量を指します。
これを把握することで、温室効果ガスの排出量が抑制され、地球温暖化対策につなげることが可能となります。
また、サプライチェーンとは、事業活動において、原材料の調達・生産・加工・流通・販売を通じて消費者に提供されるまでの一連のプロセスを指す経営用語です。
温室効果ガスとは、地表からの熱(赤外線)を吸収・再放出して地球を温暖に保つ働きを持つ二酸化炭素やメタン、一酸化二窒素などの総称です。日本や世界における温室効果ガスの排出に関する動向は、以下の動画からご確認いただけます。
ここでは、環境省におけるサプライチェーン排出量の定義や排出量算出の必要性などについて、解説します。
(1)環境省によるサプライチェーン排出量の定義
サプライチェーン排出量の把握は「地球温暖化対策推進法」で制定されており、算定・報告・公表が企業に義務付けられています。環境省ではサプライチェーン排出量について、以下のように定義しています。
事業者自ら排出だけでなく、事業活動に関係するあらゆる排出を合計した排出量を指す。つまり、原材料調達・製造・物流・販売・廃棄など、一連の流れ全体から発生する温室効果ガス排出量のこと
引用:環境省 サプライチェーン排出量の算定と削減に向けて
ここでいう排出量には、直接排出と間接排出の2通りがあります。
- 直接排出:自社の燃料使用や工業プロセスでの排出
- 間接排出:他社で生産されたエネルギーの使用に伴う排出
さらに自社における排出量の算定方法は、GHGプロトコル(温室効果ガス排出量の算定・報告の際に用いる国際基準)においてScope(スコープ)1・2・3として明確に定義されています。
(2)排出量算出の必要性と目的
前提として、企業が自社単独で温室効果ガスの排出量を削減するだけでは限界があります。
現代の企業活動は多くの取引先やパートナー企業とつながっており、サプライチェーン全体で排出される温室効果ガス(GHG)を把握・管理することが、より実効性のある対策につながります。
特に、Scope3と呼ばれる自社以外の間接排出(例:原材料の調達・物流・顧客使用時など)は、企業全体の排出量の大部分を占めることが多く、この範囲を含めた排出量の算出は脱炭素経営における重要な指標となっています。
また、サプライチェーン上の他企業が排出量を削減した場合、その成果は自社のScope 3排出量の削減として評価されるため、自社単独の取り組みでは実現できない広範な削減効果が期待できます。
これにより、企業間の協力体制が促進され、バリューチェーン全体での持続可能性向上にもつながります。
2.サプライチェーン排出量の指標

Scope1やScope2などのサプライチェーン排出量の指標について、以下で詳しく解説します。
(1)サプライチェーン排出量算定に関するガイドライン
環境省のサプライチェーン排出量算定に関するガイドラインでは、直接排出と間接排出を排出の関連性に応じて以下のように分類しています。
分類 | 概要 |
---|---|
Scope1 | 自社における直接排出 |
Scope2 | 自社が購入・使用した電力、熱、蒸気などのエネルギー起源の間接排出 |
Scope3 | Scope2以外の間接排出(自社事業の活動に関連する他社の排出) |
①Scope1(直接排出)
Scope1は、製造や加工する際に化石燃料を燃やし、企業・事業所などから直接排出されるGHG(Green House Gas:温室効果ガス)です。
以下のような燃料を自社で燃焼させることによって発生する排出が主な対象です。
- ボイラーや発電機などの設備で化石燃料(石油、石炭、天然ガスなど)を燃やすことによる排出
- 自社保有のトラック・社用車などからの燃料燃焼による排出
- 事業所の暖房設備による排出
- 他社にエネルギーを供給する際、自社設備から発生する排出(例:テナントビルの熱供給など)
これらはすべて、企業が自らの管理下で排出しているとみなされ、Scope1として分類されます。
②Scope2(エネルギー起源の関節排出)
Scope 2(スコープ2)とは、他社から購入した電力・熱・蒸気などのエネルギーで間接的に排出される温室効果ガスを指します。
この排出は、自社が直接燃料を燃やすのではなく、外部(主に電力会社)で発生した排出でありながら、自社の活動によって発生したとみなされるものです。
- 自社オフィスや工場で使用する電力の購入(例:照明・機械稼働)
- ビルの空調や暖房のために使う外部供給の蒸気や温水
- 冷暖房などに使用される地域熱供給サービス
Scope1と2は、自社の事業活動を通じて排出されるGHGであり、自社の責任範囲として重視される排出区分です。以下の表にそれぞれの違いをまとめています。
Scope1 | 自社で燃料を直接燃やして発生した排出(例:ボイラーや社用車) |
---|---|
Scope2 | 他社が発電したエネルギーを自社が使用することで間接的に発生する排出(例:購入電力による排出) |
Scope 1は「自社で出した排出」、Scope 2は「他社で出たが自社の使用によって生じた排出」という点が大きな違いです。
③Scope3(その他の間接排出)
Scope 3は、自社の直接排出(Scope 1)および電力などの使用に伴う間接排出(Scope 2)には含まれない、その他のサプライチェーン全体における間接的な温室効果ガス(GHG)排出を対象としています。
Scope 3は、上流および下流の活動に分類された15項目で構成されています。上流と下流は、以下のように分類します。
- 上流:原材料~調達・外部委託・物流・出張など
- 下流:製品の販売・使用・廃棄・投資など
Scope 3の15カテゴリの概要は以下のとおりです。
区分 | 内容の例 | |
1 | 購入した製品・サービス | 報告年度に調達した原材料・サービスに関する製造等に伴う排出量 |
原材料調達パッケージングの外部委託消耗品の調達 など | ||
2 | 資本財 | 報告年度に建設・設置された施設・設備の建設・製造に伴う排出量 |
生産設備の増設(複数年にわたり建設、もしくは製造されている場合には、建設・製造が終了した最終年に計上) | ||
3 | Scope1、2に含まれない燃料およびエネルギー活動 | 報告年度に自社が使用した電気・熱の製造過程での燃料調達等に伴う排出量 |
調達している燃料の上流工程(採掘や精製等)調達している電力の上流工程(発電に使用する燃料の採掘、精製等) | ||
4 | 輸送、配送(上流) | 報告年度に自社から委託した流通に伴う排出量 |
調達物流横持物流出荷物流(自社が荷主) | ||
5 | 事業から出る廃棄物 | 報告年度に自社の事業活動から発生する廃棄物(有価のものは除く)の自社以外での輸送、処理に伴う排出量 |
廃棄物の自社以外での輸送、処理(※有価廃棄物は除く) | ||
6 | 出張 | 報告年度に自社が常時使用する従業員の出張等、業務における従業員の移動の際に使用する交通機関における燃料・電力消費に伴う排出量 |
従業員の出張 | ||
7 | 雇用者の通勤 | 報告年度に自社が常時使用する従業員の工場や事業所に通勤する際に使用する交通機関における燃料・電力消費に伴う排出量 |
従業員の通勤 | ||
8 | リース資産(上流) | 報告年度に自社が賃借しているリース資産の操業に伴う排出量 |
自社が賃借しているリース資産の稼働(法律で定めた「算定・報告・公表制度」では、Scope1、2 に計上するため、該当なしのケースが大半) | ||
9 | 輸送、配送(下流) | 報告年度に製造・販売した製品・サービス等の流通に伴う排出量 |
出荷輸送(自社が荷主の輸送以降)倉庫での保管小売店での販売 など | ||
10 | 販売した製品の加工 | 報告年度に製造・販売した製品・サービス等の加工に伴う排出量 |
事業者による中間製品の加工 | ||
11 | 販売した製品の使用 | 報告年度に製造・販売した製品・サービス等の使用に伴う排出量 |
使用者による製品の使用 | ||
12 | 販売した製品の廃棄 | 報告年度に製造・販売した製品・サービス等の処理に伴う排出量 |
使用者による製品の廃棄時の輸送、処理 | ||
13 | リース資産(下流) | 報告年度に自社が賃貸事業者として所有し、他者に賃貸しているリース資産の運用に伴う排出量 |
自社が賃貸事業者として部品を所有し、他者に賃貸しているリース資産の稼働 | ||
14 | フランチャイズ | 報告年度に報告事業者がフランチャイズ主宰者の場合、フランチャイズ加盟者(フランチャイズ契約を締結している事業者)におけるScope1、2 の排出量 |
自社が主宰するフランチャイズの加盟者のScope1、2 に該当する活動 | ||
15 | 投資 | 報告年度に投資(株式投資、債券投資、プロジェクトファイナンスなど)を運用した際に伴う排出量※株式投資は、報告年度の投資先排出量を按分して計上※プロジェクトファイナンスは、投資した年にプロジェクト期間中の排出量を一括で計上 |
株式投資債券投資プロジェクトファイナンスなどの運用 | ||
その他(任意) | 従業員や消費者の日常生活 |
Scope 3は、自社が関わる製品やサービスのライフサイクル全体で排出されるGHGを対象としています。
これには、原材料の調達から製品の使用・廃棄に至るまでのすべての過程が含まれており、企業によってはScope 3が排出量全体の7〜9割を占めるケースもあります。
そのため、Scope 1・2に加えてScope 3を正確に把握することは、バリューチェーン全体での排出量を管理・削減するうえで重要となります。
3.サプライチェーン排出量の算定方法
具体的な算定基準は以下の通りです。
エネルギー起源二酸化炭素(CO₂)
対象となる排出活動 | 算定方法 | 単位生産量等当たりの排出量(排出係数) | ||
区分 | 単位 | 値 | ||
燃料の使用 | 燃料使用量×単位使用量当たりの発熱量×単位発熱量当たりの炭素排出量×44/12(※燃料の種類ごとに算出) | ※算定・報告・公表制度における算定方法・排出係数一覧 | ||
他人から供給された電気の使用 | 電気使用量×単位使用量当たりの排出量 | ※算定・報告・公表制度における算定方法・排出係数一覧 | ||
他人から供給された熱の使用 | 熱使用量×単位使用量当たりの排出量(※熱の種類ごとに算出) | 産業用蒸気 | tCO₂/GJ | 0.060 |
蒸気(産業用以外)、温水、冷水 | tCO₂/GJ | 0.057 |
非エネルギー起源二酸化炭素(CO₂)
対象となる排出活動 | 算定方法 | 単位生産量等当たりの排出量(排出係数) | ||
区分 | 単位 | 値 | ||
原油または天然ガスの試掘 | 試掘された坑井数×単位井数当たりの排出量 | - | tCO₂/井数 | 0.000028 |
セメントの製造 | セメントクリンカー製造量×単位製造量当たりの排出量 | - | tCO₂/t | 0.502 |
石灰石の製造 | 使用量×単位使用量当たりの排出量(※原料の種類ごとに算出) | 石灰石 | tCO₂/t | 0.428 |
エチレンの製造 | エチレン製造量×単位製造量当たりの排出量 | - | tCO₂/t | 0.014 |
電気炉を使用した粗鋼の製造 | 電気炉における粗鋼製造量×単位製造量当たりの排出量 | - | tCO₂/t | 0.0050 |
上表のように、対象となる排出活動によって算定方法が個別に定められています。詳細な内容は、環境省の算定方法・排出係数一覧をご確認ください。
(1)算定手順|4つのSTEP
サプライチェーン排出量は、継続的かつ透明性の高い情報開示が求められるため、排出量を高精度で算定するためにも、段階的に進めることが重要です。環境省では、以下の4STEPを推奨しています。
①STEP1(算定目標の設定)
明確な目標を定めることで、サプライチェーン全体の排出構造を的確に把握し、どの部分に削減余地があるかを明らかにすることができます。
目的の違いによって、必要とされる算定の深度や精度にも明確な違いがあります。以下のように整理すると算定目標が設定しやすくなります。
目的 | 算定の深度 | 活用の方向性 |
---|---|---|
削減対策の立案 | 高精度・詳細な分析(製品別・部門別など) | 排出源の特定と優先的な対策立案 |
情報開示・ステークホルダー対応 | 整合性・透明性重視(国際基準に準拠) | ESG評価対応・企業イメージの向上 |
明確な目的をもって算定目標を設定することで算定の深度や方向性を明確にできます。
②STEP2(算定対象範囲の確認)
サプライチェーン排出量の算定範囲は、グループ単位(自社+グループ会社)が対象であり、この対象範囲を正しく把握することが、正確な排出量の算定と、報告・公表における信頼性確保につながります
グループ会社に属していない場合は、自社単独での算定を進められますが、グループ企業間で取引がある場合や、事業体制が複雑な場合には、排出の重複や漏れが発生しやすくなるため、注意深い整理が求められます。
たとえば、物流のケースでは以下のような違いが生じます。
輸送形態 | 該当するScope | 補足 |
---|---|---|
外部委託による製品輸送 | Scope 3「輸送・配送(上流)」 | 自社が荷主として委託した場合 |
自社運送会社による輸送 | Scope 1またはScope 2 | 燃料の使用状況に応じて分類 |
また、Scope 1・2では、自社の活動により実際に燃料や電力を消費した年度の排出量が対象になります。一方、Scope 3では、サプライチェーン上の排出(上流・下流)を算出対象とするため、活動のタイミングと排出の発生時期が一致しないこともある点に留意が必要です。
こうした違いを踏まえ、対象とする企業・活動範囲・報告年度との整合性をきちんと確認することが、正確なGHG算定の前提条件となります。
③STEP3(活動内容のカテゴリ分け)
算出対象範囲の確認後は、活動内容のカテゴリ分けを行います。
これは、Scope 3における間接排出を体系的に把握するためのステップです。
なお、すべてのカテゴリを網羅する必要はなく、自社の事業特性に関連するものに絞って対応すれば問題ありません。ただし、重要な排出源の見落としがないように注意深く検討することが求められます。
④STEP4(各カテゴリの算定)
ここではあらかじめ設定した算定目標や精度レベルに応じて、どのような算定方法を用いるかをカテゴリごとに決定し、必要なデータを収集・整理していきます。
具体的には、以下のような流れで進めます。
- 算定方針の決定:各カテゴリに対して、算定精度や利用可能なデータの範囲を踏まえて、一次データ・二次データ・推計値など、使用する算定方法を選定。
- 必要データの洗い出し:取引実績、購買量、輸送距離、稼働時間など、排出係数と組み合わせて排出量を算出できる項目を整理
- データ収集と整理:収集先(社内部門・サプライヤー等)と協力して、正確かつ一貫性のあるデータを集める
算定が完了したら、Scope 1・2・3すべての合計排出量を算出し、必要に応じて報告書形式にまとめることで、算定プロセスは完了します。
参考元:環境省 サプライチェーン排出量の算定方法「STEP4 各カテゴリの算定」
4.サプライチェーン排出量算出データの活用メリット

サプライチェーン排出量の算出データを活用すれば、地球温暖化抑制に貢献でき、場合によっては、企業収益の向上も期待できます。その他にも、さまざまなメリットがあるので以下で解説します。
(1)算出結果の開示義務への対応
ただし現行の法律では自社の事業活動で排出された排出量の算出・報告に限定されており、今後さらにCO₂排出量を削減するには、サプライチェーン全体における排出量の算定が求められます。
環境省は、「SSBJ(国際サステナビリティ基準審議会)がサプライチェーン排出量の開示に関する草案が公表されれば、早くて2027年3月期から一部の企業でサプライチェーン排出量の開示が義務化される予定である」と述べています。(参考元:環境省 脱炭素ポータル)
開示義務への対応のみならず、サプライチェーン全体での脱炭素化を促進している企業も確認できます。
(2)排出量の多い企業やプロセスを特定
GHG排出量の算定結果は、排出量の多い企業やプロセスの特定に役立ちます。
たとえば、サプライチェーン全体の排出量を算定すれば、グループ企業や上流・下流を含めたプロセスのどこで多くのGHGが排出されているのか特定できます。企業やプロセスなどが特定できれば、具体的かつ効果的な削減対策の検討が可能となるでしょう。
(3)新たなビジネスチャンスの創出
サプライチェーン排出量の算定結果を有効に用いれば、新たなビジネスチャンスの創出が期待できます。
たとえば、使用済み製品や廃棄物に含まれる有用資源をリサイクルや再資源化すれば、消費エネルギー量の削減に寄与します。
以下の記事では、ESG経営に関する包括的な内容をご確認いただけます。

5.企業別サプライチェーン排出量算定結果の活用事例
(1)重点取組事項の特定及び決定の判断材料

建設会社の大林組では、算定結果を重点取組事項の特定・決定の判断材料として活用しています。さらに、入札等の提案時にも活用しており、環境配慮施策の選定根拠を示す材料に役立てています。
2050年カーボンニュートラル宣言に貢献すべく、自社の温室効果ガス排出量の現状把握と重点取組分野・中長期的目標の設定、取り組み検討の基礎資料として排出量の算定を行っています。
(2)機関投資家による格付け評価

ある食品メーカーは、GHG排出量を見える化することで、事業の全体像の把握や長期戦略の策定、ステークホルダーからの事業の情報開示に応えるため、排出量の算定を行っています。
同社がGHGの排出量を算定したところ、商品や事業において、環境負荷の高いサプライチェーン部分の把握が可能となり、取り組むべき対象が明確になっています。
6.まとめ
今回は、サプライチェーン排出量の概念や重要性、算定方法などについて解説しました。
サプライチェーン排出量とは、自社の事業活動に関連する企業も含め、サプライチェーン全体で排出される温室効果ガス排出量です。
今後は、サプライチェーン排出量も算定・報告が義務化されることが予想されます。そのため、現時点から関連企業も交えて排出量の算定に取り組めば、義務化後も法令に遵守した事業活動が見込めます。