サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)への取り組みは、環境保全と企業の持続可能な成長にも寄与します。現在の世界情勢や気候変動などの影響を受け、多くの企業が経営難に陥っています。
この記事では、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の概念や取り組み方について、取り組み事例を交えて解説します。
1.サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)とは
サステナビリティ・トランスフォーメーション(Sustainability Transformation)とは、「持続可能性の変革」という意味であり、Sustain(持続する)+Ability(能力)+Transformation(変革)が組み合わさった言葉です。
また、トランスフォーメーションに「X(エックス)」がなくても使用される理由として、「X」には未知や変化、交差するといったニュアンスが含まれるためです。トランスフォーメーションの意味(変革)と「X」のニュアンスが相まって視覚的効果もあり、GXやDXなど慣例的に用いられています。
SXは、気球温暖化や自然災害、環境汚染、天然資源の枯渇問題など、地球規模で発生するあらゆる課題に対し、持続可能な社会の実現に向けた取り組みとして重要な役割を担っています。
(1)経済産業省の定義
経済産業省では、以下のようにSXを定義しています。
SXとは、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを「同期化」させていくこと、及びそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)を指します。「同期化」とは、社会の持続可能性に資する長期的な価値提供を行うことを通じて、社会の持続可能性の向上を図るとともに、自社の長期的かつ持続的に成長原資を生み出す力(稼ぐ力)の向上と更なる価値創出へとつなげていくことを意味しています。
(引用:経済産業省)
上記の内容からSXとは、持続可能な未来に向けて社会と企業がともに進化するフレームワークです。
(2)SX銘柄とは
SX銘柄とは、経済産業省と株式会社東京証券取引所が定めた名称であり、持続可能性に関する取り組みを行っており、優れた成果を挙げている企業を指します。具体的には、SXを通じて持続的に成長原資を強化し、企業価値の向上を目指す先進的な企業群です。
選定対象は、東京証券取引所の全上場企業ですが、PBR(株価純資産倍率)1倍以上が必須条件です。
また、選定基準は、価値協創ガイダンス2.0を基に厳正な審査を経て、適切な企業が選ばれます。例えば、環境負荷を減らす新たな技術開発や社会的価値の創造に注力していることなどが挙げられます。
SX銘柄に選定された企業は公表されるため、企業イメージの向上や投資家との対話やエンゲージメントを行うことで幅広い支持を得られます。
さらに、投資家にとってもSX銘柄への投資は魅力的な選択肢であり、経済的利益の向上と社会的貢献を両立する手段として注目されています。
(3)SXに欠かせないサスティナビリティの3つの柱
SXに欠かせないサステナビリティは、以下の3つの柱で構築されています。
3つの柱 | ポイント・主な取り組み内容 |
---|---|
環境(環境的持続性) | 地球温暖化や資源枯渇、生物多様性の喪失問題への対応温室効果ガスの削減や再生エネルギーの利用促進資源リサイクルの促進や環境負荷の抑制 |
社会(社会的持続性) | 公平で安心して暮らせる社会の実現を目指す貧困解消やジェンダー平等、教育・医療の提供多様性を尊重し、地域コミュニティを支援する |
経済(経済的持続性) | 短期的利益ではなく、長期的な成長と安定を追及ESG(環境・社会・ガバナンス)を重視したビジネスモデルの導入やESGに取り組む企業への投資 |
3つの柱は相互関係にあり、独自に取り組むのではなく、バランスを重視することでサステナブル(持続可能)な社会の実現に貢献できます。
ESGに関する情報は、以下の記事で解説しています。

2.SXとGX等との違い

SX・GX・DXなど、あらゆる分野でトランスフォーメーション(変革)が求められています。ここでは、それぞれの違いについて解説します。
(1)SXとGXの違い
SX(サステナビリティトランスフォーメーション)とGX(グリーントランスフォーメーション)は、どちらも持続可能な社会を目指す変革ですが、取り組み内容は異なります。
GXは、主に脱炭素化や再生エネルギーを推進し、環境問題の解決と経済成長の両立を目指した取り組みです。
具体的な取り組みは、再生エネルギーの導入や設備の効率化、カーボンクレジットの購入など、脱炭素化を推進する内容です。
一方のSXは、環境だけでなく、社会やガバナンスも含めた広範囲の持続可能性を目指した取り組みです。
主たる目的は、企業のサステナビリティと社会のサステナビリティを両立させ、企業価値を高めることです。
具体的な取り組みとして、再生可能エネルギーの効率化や生態系の保護、ESGに基づく情報公開など、持続可能な経済・社会・環境を実現することを目指した内容です。
脱炭素に関する取り組みは、以下の記事で詳しく解説しています。

3.SXが注目されている理由

SXは環境や社会、経済にも影響するため、企業や自治体だけでなく、投資家からも注目を集めています。SXが注目されている主な理由を3つ解説します。
(1)持続可能な社会の実現
SXが注目される背景には、持続可能な社会の構築が急務となっている現状があります。
地球温暖化や気候変動、資源の枯渇問題などが深刻化しており、企業は社会的責任を果たすと同時に長期的な競争力を高める必要があります。
あらゆる環境問題や社会的課題解決への対応が求められる中、対応策として不可欠な取り組みがSXです。
SXは環境問題を解決するだけでなく、社会全体の方向性を示す重要な役割も担っているため、注目を集めています。
(2)地球環境や社会資本の枯渇回避
SXは、地球環境の保護や社会資本の減少を防ぐ有力な戦略として位置づけられています。
さらに、再生可能エネルギーの導入や資源の有効利用を促進することで、環境負荷の大幅な削減が期待されています。
SXへの取り組みは、インフラの老朽化対策や持続可能な運営にも寄与します。IoTやAI技術を活用し、効率的なメンテナンスや管理を実施できれば、社会資本の枯渇回避にもつながります。
(3)長期的・持続的な企業成長
SXの導入は、企業の長期的な成長と持続可能性の両立を目指すために必要不可欠です。
環境や経済、社会に配慮した取り組みは、企業価値が向上し、投資家からの信頼獲得につながります。
また、SXに取り組む企業は、新たなビジネスモデルの構築やビジネスチャンスを創出できます。さらに、市場拡大にも寄与するため、企業の持続的な成長も見込めます。
4.海外おけるサスティナビリティ・トランスフォーメーションへの取り組み事例
SXは国内だけでなく、海外でも重要視されている取り組みです。諸外国の主な取り組み事例を3つご紹介します。
(1)セットゼロ計画の達成に向けたエネルギーの再考
イギリスのロンドンを拠点にエネルギー関連事業を展開するBP p.l.c.は、ネットゼロ計画達成に向けた取り組みを行っています。
例えば、持続可能な航空燃料(SAF)のみを使用した軍用機のテストフライトやEV普及拡大のために充電インフラ設備の設置を推進しています。
その他には、バイオメタンを回収して製造するRNG事業や発電量1GW規模のブルー水素の生産工場の建設(英国最大規模)にも着手しています。
同社は、化石燃料への依存を減らし、再生可能エネルギーを積極的に導入する方針を掲げています。特に風力発電や太陽光発電の拡大を目指し、最新技術を活用したイノベーションを推進しています。
このような取り組みを通じ、企業の持続可能性を高めると同時に、世界全体のカーボンニュートラル化への貢献を目指しています。
(参考元:経済産業省 令和4年度産業経済研究委託事業(SX銘柄(仮)の選定・普及に関わる調査)調査報告書))
(2)IT情報システムを通じたエクスペリエンスの提供
米国の大手テクノロジー企業Apple.lncは、IT情報システムを活用したサスティナビリティの推進に積極的に取り組んでいます。
例えば、自社で使用するすべての電力を再生エネルギーに転換し、自社のカーボンニュートラルを達成しています。さらに再エネ強化として、米国およびスカンジナビア地域等で再生エネルギーの発電プロジェクトにも取り組んでいます。
その他にも、4億9,590万ドルのグリーンビルディング建設プロジェクトやアルミニウムのサプライヤーへの投資、15億米ドルのグリーンボンド発行なども行っています。
同社は、データセンターのエネルギー効率を向上させる取り組みやクラウドサービスを活用した環境負荷の低減を進めています。
また、AI技術を活用し、企業や自治体がサスティナビリティに基づく意思決定を行いやすい環境を提供しており、持続可能な社会構築の包括的なサポートを推進しています。
(参考元:経済産業省 令和4年度産業経済研究委託事業(SX銘柄(仮)の選定・普及に関わる調査)調査報告書))
(3)化石燃料からグリーンエネルギーへ転換
デンマークの電力企業オーステッド社は、化石燃料からグリーンエネルギーへの転換を進めています。
風力、太陽光、水力発電への投資を拡大しており、100%再生可能エネルギーによる電力供給を目指しています。
例えば、浮体式洋上風力発電の商業化や再生可能な水素およびグリーン燃料の研究開発、パートナーシップの構築などを推進しています。
同社は、持続可能な地域社会と連携を深めるため、地元のプロジェクトにも積極的に参加しており、環境負荷を低減するだけでなく、地域の経済成長にも寄与しています。
(参考元:経済産業省 令和4年度産業経済研究委託事業(SX銘柄(仮)の選定・普及に関わる調査)調査報告書))
5.日本企業のSXへの取り組み事例
SXに取り組む日本企業の主な事例を3つご紹介します。
(1)ヘルスサイエンス分野における価値創出と課題解決
日本の大手飲料メーカーは医薬品分野にも着手しており、ヘルスサイエンス分野におけるSX推進に注力しています。
特に革新的な医薬品や治療法の開発を通じて、健康課題の解決と社会的価値の創出を目指しています。
長年培ってきた自社の強み「発酵技術とバイオテクノロジー」を生かし、ヘルスサイエンス分野の新たなイノベーションに取り組んでいます。
この取り組みは、生活の質を向上させると同時に、持続可能な医療体制の構築を目指したものであり、社会的課題への積極的な対応は、企業成長と社会貢献の両立に寄与しています。
(参考元:経済産業省 株式会社東京証券取引所 SX銘柄2024)
(2)知的財産体制の構築を推進
日本の製造業や技術分野の企業は、社内外の研究開発部門と営業部門、知的財産グループが一体となり、知的財産体制の構築を推進しています。
独自技術や製品の特許取得に取り組むことで、国際競争力を高めるだけでなく、環境負荷の低減に向けた技術の普及も目指しています。
例えば、インバータ機の省エネ化や製品における環境性能の向上、ビル全体や都市全体で効率的なエネルギーの利用などです。
これらの取り組みは、日本企業の知的財産を守りつつ、持続可能な社会の実現に向けた取り組みとして高い評価を得ています。
(参考元:経済産業省 株式会社東京証券取引所 SX銘柄2024)
(3)マテリアリティの見直し・再設定
近年、日本企業はマテリアリティ(重要課題)の見直しや再設定を積極的に進めています。
特に、SDGsに基づいた目標を明確化して経営戦略に組み込み、持続可能な発展を促進しています。
例えば、航空業界では、人々の円滑な移動のサポートを通じて社会的価値・経済的価値の創出を目指しています。
さらに、大手航空企業がSX推進に取り組むことで、ステークホルダーの関心度や期待度が向上し、高い評価を得ています。
このような取り組みを通じて、企業は社会的責任を果たしながら長期的な成長を実現しています。
(参考元:経済産業省 株式会社東京証券取引所 SX銘柄2024)
6.SXの実現に不可欠なダイナミック・ケイパビリティ
ダイナミック・ケイパビリティを知らなければ、SXを推進できないほど重要な概念です。
以下で詳しく解説します。
(1)ダイナミック・ケイパビリティとは
ダイナミック・ケイパビリティとは、直訳すると「動的(柔軟)な能力」となり、戦略経営論では「企業変革力」として用いられます。常に変化している市場環境や技術革新に対し、迅速かつ柔軟に対応できる企業能力を指す言葉です。
この概念は、競争が激化する現代ビジネスにおいて非常に重要です。
具体的には、外部環境の変化を敏感に察知し、柔軟に対応できる判断力や自社の資源確保、新たな戦略を立案する能力が求められます。
また、ダイナミック・ケイパビリティを提唱したカリフォルニア大学教授のティース氏は、以下の3つの能力が重要であると言っています。
- 感知:脅威や危険を感知する能力
- 補足:機会を捉え、既存の資産・知識・技術を再構築して競争力を獲得する能力
- 変容:競争力を持続的なものにするため、組織全体を刷新し、変容する能力
(引用:経済産業省 2.企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)の強化)
さらにダイナミック・ケイパビリティの中核には、資産を再構成する経営能力が重要だとも言っており、経営能力は模倣で習得できる能力ではありません。
そのため、資産を再構築できる経営能力は、継続的に企業内部で受け継ぐ必要があります。
特に、持続可能性を目指す企業にとって経営能力は重要であり、市場や環境の変化に対応できる判断力、柔軟性、適応力がSXへの取り組みに欠かせません。
(2)ダイナミック・ケイパビリティの強化ポイント
ダイナミック・ケイパビリティを強化するには、以下のポイントに取り組むことが重要です。
① 柔軟な組織体制の構築
従業員が自由に意見を述べ、新しいアイデアを提案できる環境整備や組織の中で情報がスムーズに共有され、迅速な意思決定が可能な体制構築も必要です。これらに取り組めば、組織全体の対応力が高まります。
② データ活用の推進
市場動向や消費者ニーズを的確に把握するため、最新のデータ分析技術の導入も重要です。適切なデータ分析は、正確な予測と戦略的な資源配分を可能にします。
③人材育成と学習文化の醸成
従業員が常に新しい知識やスキルを習得できる環境整備に取り組めば、企業全体の知識基盤を拡充できます。さらに人材育成にも貢献でき、企業は持続可能性と競争力の両立が可能です。
あらゆる変化に対して柔軟に対応するため、ダイナミック・ケイパビリティでは企業内の環境整備やデータの有効活用などが求められます。
7.まとめ
サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)は、企業が持続可能な社会を実現するために取り組むべき重要な変革のひとつです。
環境・社会・ガバナンス(ESG)を中心とした経営戦略、グローバルおよび国内での具体的な取り組み、そしてダイナミック・ケイパビリティの強化が必要不可欠です。
SXの推進は、企業の持続可能な社会の構築に寄与すると同時に、自社の競争力を高める効果があります。