排出量取引が2026年本格稼働!仕組みや課題をわかりやすく解説

「排出量取引(排出権取引)」制度が、2026年から日本で本格的に稼働します。
この制度は、企業や組織に対して温室効果ガス排出量の上限(キャップ)を設定し、その排出枠を取引(トレード)可能にすることで、経済的なメカニズムを活用して効率的な排出削減を促すものです。

この記事では、2026年の本格稼働を前に知っておくべき排出量取引の基本的な仕組みから、企業経営におけるメリット・デメリット日本国内の現状と今後の展望などを、専門的な視点かつわかりやすく解説します。

五十鈴株式会社の「icサーキュラーソリューション」は、現在のサーキュラーエコノミーが抱える課題に多面的にアプローチし、多用な手法を組み合わせて企業の環境経営を包括的に支援します。

INDEX

1.排出量取引を知るべき理由とは?気候変動対策と事業戦略

気候変動は、企業経営におけるリスク機会の両面をもたらします。
ここでは、気候変動対策と事業戦略において、排出量取引を知るべき理由を解説します。

(1)排出量取引の重要性

排出量取引は、炭素に価格をつけるカーボンプライシング」と呼ばれる手法の一つであり、経済的なメカニズムを利用して効率的に削減を進めることを目指しています。
排出量取引を理解し、適切に対応することで、企業は新たなビジネスチャンスを創出し、競争力を高めることができるでしょう。

国際的にも「京都メカニズム」の一環として認められており、脱炭素社会の実現に向けた中核的な政策手段と位置づけられています。

また、気候変動対策の新たな時代を切り拓く国際的な枠組みとして、パリ協定は2015年に全ての国が温室効果ガス排出削減に取り組むことを約束し、6条において、国際的な協力による排出削減の仕組み(市場メカニズム)を規定しています。

2024年のCOP29では、このパリ協定の実効性を高めるため、国際的な排出量取引(カーボンマーケット)などの詳細ルールが最終合意され、各国・企業が協力して脱炭素社会の実現を目指すためのグローバルな市場メカニズムが本格的に動き出しました。

参考:脱炭素に向けて各国が取り組む「カーボンプライシング」とは?|経済産業省

参考:京都議定書の要点|環境省

参考:パリ協定第6条の解説|環境省

参考:今さら聞けないパリ協定|経済産業省

参考:COP29で気候資金新目標が決定、パリ協定第6条は完全運用化に|日本貿易振興機構(JETRO)

(2)温室効果ガス削減の市場メカニズム

排出量取引の狙いは、温室効果ガスの排出量や削減余力が異なる国や企業間で排出枠を取引することで、全体として最も費用対効果の高い方法で削減を進めることにあります。

排出枠を超えて排出してしまった企業は、排出枠に余裕のある企業から排出枠の購入が可能です。
これにより、温室効果ガスの削減努力が進んだ企業は経済的なメリットを得られるため、削減へのインセンティブが生まれます。

この市場メカニズムを通じて、温室効果ガス削減をより効率的かつ柔軟に進められることが期待されています。以下の動画では、東京都環境局気候変動対策部による排出量取引の概要をご確認いただけます。

(3)排出権取引と排出量取引について

排出量取引制度は、排出権取引と呼ばれることもあります。どちらも本質的には同じ仕組みを指しており、温室効果ガスの排出量に上限(キャップ)を設定し、その排出枠を企業間で売買できる制度を意味します。

項目排出量取引
(Emissions Trading)
排出権取引
(Emissions Allowance Trading)
定義温室効果ガスの「排出量(t-CO₂)」に上限を設け、企業間で取引する制度排出が許可された「排出枠=権利」を売買する制度
呼称の着目点実際の「量」にフォーカス経済的な「権利」にフォーカス
主な使用領域法令、政策文書、自治体制度など(例:東京都ETS)金融・投資関連、
炭素クレジット市場など
使われやすい業界エネルギー、製造業、輸送業など証券市場、
排出クレジット関連ビジネス
表現の印象政策・環境分野に多く用いられ、
行政的・実務的な印象
経済・権利・市場に強く関連し、
やや金融色が強い
制度としての違い実質的には違いはない(同一制度)同上(用語上のニュアンス差のみ)

どちらの用語も制度的には同じ「キャップ・アンド・トレード」型の排出量取引制度を指していますが、どこに着目して語っているかによって呼称が異なります。

  • 政策や報道 排出量取引
  • 投資や権利管理 排出権取引

2.排出量取引の仕組みとは?キャップ&トレード方式の具体的な流れと企業の関わり

排出権取引制度では、「キャップ・アンド・トレード方式」「ベースライン・アンド・クレジット方式」のどちらかが用いられます。

ここでは、排出権取引制度におけるキャップ&トレード方式の仕組み具体的な流れ企業の関わりを解説します。

参考:キャップ・アンド・トレード方式による国内排出量取引制度について|環境省

(1)排出枠における3つの取引方法

排出枠の主な取引方法は、「相対取引」と「取引所取引」です。双方の取引には、以下のような違いがあります。

取引方法概要注意点
相対取引特定の売手と買手が相対し、
個別交渉によって行う取引方法
取引の標準化が困難取引までに
時間を要し、
取引のコストがかかる場合がある
取引所取引公的に管理された取引所で
不特定多数の売手・買手が
匿名で競争売買を行う取引方法
大口取引に伴う価格交渉などはできず、
取引所の設立・運営コストがかかる

以下では、上記の取引方法で重要な要素となる3つの方法をご紹介します。

①トラッキング

トラッキングとは、排出枠を取引する際、排出枠の保有量における変動状況を正確に把握するために用いる方法です。トラッキング方法では、排出枠の保有量を記録するレジストリー(登録簿)が必要です。
トラッキング方法を用いる際、相対取引と取引所取引では、以下のような違いが生じます。

取引方法相違内容
相対取引レジストリーが書き換えられた時点で
移転完了とみなされる
取引所取引取引所がレジストリーに必要な情報を一括提供

②モニタリング

モニタリングとは、交付対象が主体となり、一定期間の温室効果ガス排出量などを正確に把握することです。モニタリング方法には、「排出係数換算」と「実測定」の2通りあります。

排出係数換算温室効果ガス排出に関連する
活動量×排出係数(活動量当たりの排出量)
実測定排気ガス流量×温室効果ガス濃度
(測定装置の実データが基になる)

排出係数の詳細や算出方法について、環境省の温室効果ガスの排出量の報告方法をご覧ください。

③マッチング

マッチングとは、交付対象の企業や組織が、自らの温室効果ガス排出量と保有している排出枠を照合し、排出量に相当する排出枠を無効化(償却)するプロセスです。具体的には、以下のような形で行われます。

上流部門のマッチング下流部門のマッチング
主な排出源化石燃料の輸入・製造・販売製品の使用・廃棄過程で発生する排出
排出主体原料・燃料の提供者(例:石油・ガス会社など)最終消費による排出(例:消費者、製品ユーザー)
排出枠の交付上流部門の事業者に排出枠を交付下流部門の排出分も、
上流部門に割り当てて交付
代表的ガス種二酸化炭素(CO₂)、
メタン(CH₄)など
主に二酸化炭素(CO₂)
マッチングの特徴排出量=燃料等の出荷量 × 排出係数排出量=使用・廃棄時の影響を上流側が間接的に負担

このように、温室効果ガスの種類や排出源に応じて適切に排出枠を割り当て・照合することで、企業は排出削減の責任範囲を明確化でき、削減リスクの管理がしやすくなります。

(2)排出枠の配分方法

全体の排出枠が決まったら、次に各企業へ排出枠が配分されます。この配分方法には、主に以下の3つの種類があります。

配分方法概要特徴
無償割当(ベンチマーク方式)業種ごとの
望ましい排出原単位(生産量あたりの排出量)に
生産量を乗じて設定
・過去の削減努力が反映されやすく公平性が高い
全ての業種で設定が難しい
無償割当(グランドファザリング方式)過去の排出実績に基づいて設定ベンチマーク設定が不要
・過去の削減努力に差がある企業間で公平性に劣る可能性がある
有償割当(オークション方式)入札によって
企業が必要な排出枠を購入
有償での配分となる
・市場メカニズムで価格が決定される

これらの方法を組み合わせて、各企業に排出枠が割り当てられます。

(3)排出枠の取引(トレード)

企業や施設は、温室効果ガスの排出削減努力を行った結果、実際の排出量と割り当てられた排出枠に差が生じます。
この差を活用して、排出枠の売買(トレード)を行うことで、全体最適な排出削減を実現するのが排出量取引制度の中核です。

  • 排出量が排出枠を超えた企業:削減が足りなかった場合、排出枠に余裕がある他の企業や組織から排出枠を購入する必要があります。
  • 排出量が排出枠を下回った企業:削減努力によって排出枠に余裕ができた場合、その余剰分を排出枠が不足している企業に売却することで収益を得ることができます。

この排出枠の売買こそが「排出量取引(トレード)」の中核であり、温室効果ガスの削減経済的なインセンティブによって促す仕組みです。排出枠の価格は市場での需給によって変動します。

(4)排出量の報告と遵守確認

排出量取引制度では、排出枠の取引期間が終了した後、企業は年間のCO₂排出量を正確に算定し、政府や管轄機関に報告することが義務付けられています。この報告された排出量については、第三者機関による検証が行われ、その正確性が確認されます。

この検証プロセスを経て、実際の排出量が割り当てられた排出枠内に収まっているかどうかが判断されます。もし、排出量が排出枠を超過していた場合、企業は不足分を市場で購入して埋め合わせる必要があります。

遵守が確認できない場合、具体的には排出枠の不足分を補填しない場合は、罰則や罰金が課されることになります。これにより、制度の実効性が担保され、各企業は排出削減に向けた取り組みを真剣に進めるインセンティブを持つことになります。

この報告・検証・遵守確認のプロセスは、制度全体の信頼性と排出削減目標の確実な達成に不可欠な要素です。

参考:まだ間に合う─「排出量取引とカーボンクレジット」Q&A|PwC

3.経営者が注目すべき排出量取引のメリット

排出量取引制度の導入は、企業にとって温室効果ガス削減の義務付けだけでなく、経営戦略上の様々なメリットをもたらします。

(1)経済的効率性によるコスト削減と新たな収益機会の創出

排出量取引制度において、企業は設定された排出枠内で温室効果ガスを排出する必要があります。
排出枠を超過する場合は、市場から排出枠を購入しなければなりませんが、排出量を削減して排出枠に余剰が生じた場合は、その余剰分を売却できます。これにより、削減努力の成果が挙げられた企業はコスト削減新たな収益機会の両方を得られます。

コスト削減・自社の排出量を削減することで、排出枠の購入費用を抑えられる
・排出削減のために導入した省エネ技術や再生可能エネルギー設備により、エネルギーコスト自体も削減される可能性がある
新たな収益機会・設定された排出枠よりも多くの排出量を削減できた場合、その余剰分を市場で売却し、収益を得られる

このように、排出量取引は市場メカニズムを通じて、企業に排出削減への経済的なインセンティブを与え、環境負荷低減と経済活動の両立を促す仕組みと言えます。

(2)競争優位性の確立と技術革新へのインセンティブ

排出量取引制度は、企業にとって新たな競争優位性を築くチャンスとなります。
温室効果ガスの排出削減に向けた技術革新は、生産性の向上やコスト削減、新たなビジネスの創出といった、企業価値の向上に直結します。

特に日本では、脱炭素に関連する技術の研究開発が活発であり、水素、蓄電、カーボンリサイクルなどの分野で国際的な技術優位性を有しています。
政府が推進するGX(グリーントランスフォーメーション)は、こうした技術力を活かしながら、エネルギーの安定供給経済成長の両立を目指す取り組みです。脱炭素を契機として新たな市場や需要を創出し、産業全体の競争力を高める起爆剤となることが期待されています。

その結果、早期に対応を進めた企業ほど、将来的な環境規制強化への備えが進み、中長期的に市場での優位性を確立しやすくなるでしょう。

参考:GXの実現に向けた日本の対応|経済産業省

【事例】ENEOSの気候温暖化防止の取り組み

ENEOSは、排出量取引制度やJ-クレジットの活用、CCS・水素・合成燃料・ブルーカーボンなど多様な技術・事業を組み合わせ、グループ全体で脱炭素社会の実現に向けた先進的な取り組みを展開しています。これらの事例は、排出量取引制度の経済的効率性や新たな収益機会の創出、技術革新による競争優位性の確立といった制度のメリットを体現しています。

出典:ENEOS「気候温暖化防止」

(3)ESG評価向上と企業イメージ向上への貢献

排出量取引への積極的な参加や、排出枠の購入・売却を通じた温室効果ガス削減への貢献は、企業のESG(環境・社会・企業統治)評価を向上させる重要な要素となります。例えば、CDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)では、CDPは企業に対し、GHG排出量の算定方法や削減目標、カーボンプライシング(炭素価格付け)や排出量取引制度への対応状況などの情報開示を求めており、企業をA(最高評価)からD-(最低評価)まで8段階に分けて評価する際の評価要素の一つとしています。


これは、排出量削減への取り組みが、単なるコストではなく、企業の成長性や価値向上に繋がるという考えに基づいています。吸収量を増やす技術開発や事業展開は、新しい収益機会を生み出し、企業価値を高める可能性があると評価されるためです。

このように、排出量取引への適切な対応は、投資家からの評価を高め、資金調達を有利に進めることにも繋がります。また、環境問題に積極的に取り組む姿勢は、消費者や社会からの信頼を得て、企業イメージの向上にも貢献します。

4.経営者が認識すべき排出量取引の課題

排出量取引は多くのメリットをもたらす一方で、経営者が注意すべき課題も存在します。
制度設計市場動向によっては、企業の競争力や収益性に悪影響を及ぼす可能性があるため、リスクを十分に理解し、適切な対策を講じることが重要です。ここでは経営者が認識すべき排出量取引の課題を解説します。

(1)国外への排出量流出(カーボンリーケージ)のリスク

国外への排出量流出(カーボンリーケージ)とは、温室効果ガスの排出規制が厳しい国や地域から、規制が緩やかな地域へ企業の生産拠点が移転する現象を指します。
鉄鋼業や化学工業などの国際競争が激しい産業分野では、排出枠の取得コスト上昇を避けるために、製造や事業活動を国外に移す動きが懸念されます。

その結果、日本国内のCO₂排出量は一時的に減少するかもしれませんが、移転先の国で排出量が増加すれば、地球全体としての排出削減にはつながらず、むしろ総排出量が増える可能性もあります。

EUでは、このカーボンリーケージを防ぐため、リスクが高い産業に対して排出枠を多めに配分するなどの対策を実施しています。日本でも、制度設計においてこの問題への配慮が求められます。

なお、EUは、2026年から無償排出枠を段階的に削減し、代わりにCBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism)を導入します。これは、EU域外からの輸入品にもEU域内と同等の炭素価格を課すことで、カーボンリーケージを防止する仕組みです。対象は鉄鋼、アルミ、セメント、肥料、水素などリスクの高い製品から段階的に拡大されます。

参考:EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)に備える|日本貿易振興機構(JETRO)

(2)適切な排出枠設定の難しさ

排出量取引制度における重要な課題の一つが、適切な排出枠(キャップ)の設定の難しさです。この「キャップ」は、温室効果ガス排出量の上限を定めるものであり、制度の有効性を大きく左右します。
適切な排出枠の設定には、以下のような課題が存在します。

  • 経済への影響:厳しすぎる排出枠は企業の競争力を低下させる可能性がある
  • 公平性:過去の削減努力や業種による違いを考慮した公平な設定が必要
  • 目標達成への実効性:緩すぎる設定では、温室効果ガス削減目標の達成が難しくなる

排出枠の設定が厳しすぎると、企業は多大なコスト負担を強いられる可能性があります。一方で、緩すぎると、企業は排出削減努力をほとんど行わずに、安価に排出枠を購入するだけで済ませてしまう懸念があります。

これらのバランスを取りながら、制度の実効性を高める排出枠を設定することが、制度設計における大きな課題となっています。

(3)技術革新への影響

排出量取引制度には、長期的な視点で見ると、低炭素技術の進歩を阻害するリスクも指摘されています。
なぜなら、企業には排出枠を超過しても「自社で削減努力をする」か「他社から排出枠を購入する」かの選択肢を持つためです。

たとえば、短期的には排出枠の購入がコスト効率の良い選択となる場合があります。しかし、その選択が続くと、本来であれば自社の技術革新省エネ設備導入に投資されるはずだった資金が、排出枠の購入に流れてしまう可能性があります。

排出量取引制度の設計においては、このような技術革新への影響も考慮し、企業の長期的な脱炭素投資を促す仕組みが重要なります。

(4)排出枠価格の変動リスクと市場の安定性

排出量取引における排出枠の価格は、需給によって変動します。
価格が不安定になれば企業は将来のコスト予測が難しくなり、排出削減投資の判断に悪影響をきたす可能性があります。

特に、経済状況の変化や技術革新の進展などの市場に予期せぬ変化が生じた場合、排出枠の需要と供給のバランスが崩れ、価格が大きく変動することが考えられます。

排出量取引制度が温室効果ガス削減を効果的に促進するためには、価格安定化に向けたメカニティブを検討する必要があります。たとえば、価格の上下限を設定したり、市場の状況に応じて排出枠の供給量を調整したりする方策が考えられます。

5.日本国内における排出量取引の現状と取り組み

日本では、国レベルでの排出量取引制度はまだ本格導入されていませんが、2026年度からの本格稼働を目指し、準備が進められています。現在、一部の自治体では先行して制度が運用されています。

自治体制度名
東京都目標設定型排出量取引制度
埼玉県目標設定型排出量取引制度

政府は、GX(グリーントランスフォーメーション)推進法の枠組みの中で、「GX-ETS(GX-排出量取引制度)」の構築を進めており、これは脱炭素社会実現に向けた経済的なインセンティブとして位置づけられています。さらに、2023年10月には東京証券取引所において「カーボン・クレジット市場」が開設され、日本国内でも排出量取引を通じた脱炭素の取り組みが本格化しつつあります。

これらの取り組みは、将来的な全国規模での制度導入に向けた基盤となるでしょう。

  • 参考:Jクレジット制度とは|Jクレジット制度
    省エネ・再エネ導入や森林管理などによるCO₂削減・吸収量を「クレジット」として認証し、企業や自治体が売買できる制度。多くの企業が自社のカーボンニュートラル達成やESG経営の一環として活用しています。
  • 参考:GXリーグとは|GXリーグ
    700社以上の企業が参画し、排出量取引の試行やカーボンクレジットの売買、脱炭素技術の社会実装を推進。GXリーグは、企業間の連携や金融機関の参画を通じて、実効性の高い市場メカニズムの形成を目指しています。

6.排出量取引における国内の主な事例と罰則

(1)東京都

東京都では、2010年から排出量取引制度を開始しており、2030年までに2000年対比で30%減を目標に掲げています。排出量取引制度の対象は、各事業所において前年度の燃料・熱・電気の使用量が原油換算で年間1,500㎘以上消費している事業所が対象です。

また、排出枠の割り当ては、ベースラインアンドクレジット方式を採用しています。取引状況は、クレジット発効量900万トンの内、実際の取引量は27万トンです。

東京都は、以下の罰則を設けています。

  • 削減義務未達成の場合:「義務不足量×1.3倍」の削減命令
  • 削減命令違反の場合:罰金(上限50万円)、違反事実の公表、知事が不足量を調達し、その費用を企業に徴収

参考:一般財団法人日本エネルギー経済研究所東京都環境局

(2)埼玉県

埼玉県は、東京都の制度を参考に2011年から開始しています。2020年までに2000年対比で25%削減を目標にしていましたが、2015年に21%削減に修正しました。制度の対象企業は、原油換算で使用エネルギーが3年連続で1,500㎘以上の事業所です。

排出枠の割り当て方式は、ベースラインアンドクレジット方式を採用し、対象事業者の1割超(66事業所)が排出量取引制度を活用しています。
埼玉県は東京都の制度をモデルにしていますが、罰則は設けていません

参考:一般財団法人日本エネルギー経済研究所

(3)地域モデル事業

環境省の地域モデル事業は、市場メカニズム(例:クレジット、ポイント、インセンティブ付与)を活用し、地域ぐるみで温室効果ガス(GHG)排出削減を推進する取り組みです。

削減効果に応じて経済的インセンティブ(ポイント、商品券、割引など)を付与し、住民や事業者の行動変容を促しています。

例えば今治市は2024年に環境省のモデル事業に採択。2050年カーボンニュートラルを目指し、地域企業や支援機関と連携した脱炭素経営支援体制を構築しています。

出典:環境省「地域における市場メカニズムを活用した取組の事例紹介」

(4)住友商事

住友商事は「2050年のカーボンニュートラル化」を長期目標に掲げ、2035年までにCO₂排出量を2019年比で50%以上削減する中期目標も設定しています。発電事業やエネルギー・資源関連事業などで具体的なマイルストーンを策定し、サプライチェーン全体のGHG排出量可視化やカーボンリサイクル、排出権取引等の推進も明記しています。

GXリーグ参画やJクレジット活用など、排出量取引・クレジットの活用を通じて脱炭素社会の実現に貢献する方針を公式に発信しています。

出典:住友商事「気候変動」

(5)商船三井

商船三井はGX-ETS(GX排出量取引制度)において、2030年度までに2013年度比で19%のGHG排出削減目標を設定しています。これは国土交通省の業界目標を上回る水準であり、フェリー・内航RORO船事業を中心に取り組みを進めていることをGXリーグ公式サイト等で自ら発信しています。

また、グループ全体で2050年ネットゼロ達成を目指し、環境ビジョンや中間マイルストーンも公表しています。

出典:GXリーグ「参画企業のGX実現に向けた取組」

出典:商船三井グループ「環境ビジョン2.2」

(6)富士通

富士通は2023年6月より、J-クレジット発行に向けた環境価値創出プロセス(CO₂排出量などのデータ収集・検証・報告)を簡易化する「簡易創出基盤」の取り組みを開始したことを自ら発信しています。

この基盤を起点に、製品カーボンフットプリントなど多様な環境価値のデジタル化・普及にも貢献する方針を明記しています。

出典:GXリーグ「参画企業のGXリーグ実現に向けた取組」

出典:富士通 2023年7月6日付ニュースリリース「環境価値取引の市場活性化を目指し、新たに「簡易創出基盤」の取り組みを共同事業プロジェクトで開始」

出典:富士通 2024年9月18日付ニュースリリース「IHI、富士通、みずほ銀行、J-クレジットの創出から資金化までをトータル支援する共同事業の開始に向け合意」

7.GX推進法における制度の位置づけ

排出量取引制度は、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)」において、その位置づけが明確にされています。
GX推進法は、脱炭素社会への移行を促進するために2023年5月に成立し、2025年5月の改正により、排出量取引制度が法的に義務化されることとなりました。

改正法では、2026年度から二酸化炭素の直接排出量が一定規模以上の事業者(対象事業者)に対し、排出量取引制度への参加が義務付けられます。これは、従来の化石燃料採取者や発電事業者といった特定事業者だけでなく、業種を問わず幅広い事業者に影響を及ぼします。対象事業者には、以下の義務が課されます。

  • 排出量の算定・報告
  • 報告排出量と同量の排出枠の償却(不足分は市場からの調達が必要)
  • 移行計画の提出

償却義務を履行しない場合は、未償却相当負担金の支払いが命じられるペナルティも規定されています。
このように、GX推進法は排出量取引制度を脱炭素化推進の重要な柱として位置づけ、その実効性を確保するための法的基盤を構築しています。

参考:GX実現に資する排出量取引制度に係る論点の整理(案)|内閣官房GX実行推進室

参考:排出量取引制度の詳細設計に向けた検討方針|経済産業省

8.まとめ

排出量取引は、企業が無理なく温室効果ガス排出量を削減するための重要な手段です。この制度は「キャップ&トレード方式」を中心に設計されており、国が排出総量に上限(キャップ)を設定し、企業はその範囲内で排出枠を取引(トレード)します。

本格稼働が予定される2026年度に向けて、企業は以下の準備を進めることが推奨されます。

  • 自社の現状の温室効果ガス排出量を正確に把握する。
  • 効果的な削減方法を検討し、計画を立てる。
  • 排出量取引制度への対応を含め、脱炭素化への取り組みを先行して進める。

この制度は、経済的効率性を高めつつ、技術革新や企業価値向上にも寄与することが期待されています。今後の動向に注目し、企業の事業戦略に組み込むことが重要です。

監修

早稲田大学法学部卒業後、金融機関での法人営業を経て、中小企業向け専門紙の編集記者として神奈川県内の企業・大学・研究機関を取材。
2013年から2020年にかけては、企業のサステナビリティレポートの企画・編集・ライティングを担当。2025年4月よりフリーランスとして独立。
企業活動と社会課題の接点に関する実務経験が豊富で、サステナビリティ分野での実践的な視点に基づく発信を強みとしている。

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