静脈産業とは?動脈産業との違い、企業の例、注目される理由等も解説

廃棄物処理技術が進化する中で、静脈産業は単なる環境保護の枠を超え、経済的な利益や地域社会の活性化にも寄与します。

本記事では、静脈産業の概要動脈産業との違い、どのようなものが静脈産業にあたるのかなどを具体例を交えて解説します。

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1.静脈産業とは?動脈産業との違いも解説

静脈産業とは、生産過程や消費によって発生する廃棄物や使用済み製品を処理・リサイクルする産業を指します。

ここでは、静脈産業の概要を解説します。

(1)静脈産業とは?概要と市場規模

静脈産業では、都市に蓄積された工業製品を再生可能な資源と捉えます。このことから資源循環の新たなアイデアとして注目を集めています。なお資源循環については以下の記事で詳しく解説しています。

静脈産業の市場規模に関して、株式会社グリーンビジネス研究所の「LIB(リチウムイオン電池)の静脈産業市場動向実態調査」が参考になります。以下の図は、静脈産業における処理内容別の市場規模推移2030年の予測を示したものです。

引用:http://greenresearch.co.jp/pdf/2022p-lib.pdf

2021年時点では、全体の処理量が約2,053万トン、市場規模は3,440億円でしたが、2030年にはそれぞれ約6,740万トン、2兆円にまで拡大すると予測されています。特に「LIBリユース(リチウムイオン電池の再利用)」や「解体」の分野で大きな成長が見込まれており、今後の静脈産業の中核を担う分野となることが予想されます。

(2)静脈産業と動脈産業の違い

動脈産業とは、血液を体の隅々に送り届ける動脈になぞらえたもので、天然資源を採掘・加工して製品を生産・供給する産業を指します。

具体的には、農林水産業、鉱業、製造業、エネルギー産業などが動脈産業に該当します。

動脈産業の製品ライフサイクルは「生産・消費・廃棄」の直線的な流れが一般的なため、動脈産業に依存しすぎると、将来的に資源が枯渇する可能性があります。

一方、静脈産業は使用済みの製品や廃棄物を回収し、再利用・再資源化することで、資源を循環させる役割を担います。その名は、体内で使い終えた血液を心臓へ戻す「静脈」に由来しています。

持続可能な社会、いわゆる循環型社会の実現には、動脈産業と静脈産業が互いに連携し、資源を直線ではなく円のように循環させる仕組みが不可欠です。なお循環型社会の実現に関しては、以下の記事で解説しています。

2.静脈産業が注目を集めている背景とその理由

静脈産業の発展によって、サーキュラーエコノミー資源循環の実現が期待されています。

ここでは、静脈産業が今注目を集めている背景とその理由について解説します。

(1)サーキュラーエコノミー(循環経済)の実現

サーキュラーエコノミーとは、製品や資源を可能な限り長く使い続け、廃棄物を最小限に抑える経済の仕組みです。

従来の経済活動であるリニアエコノミー(直線型経済)では以下の課題が生じていました。

  • 天然資源の枯渇
  • 廃棄物の増加
  • 環境負荷の拡大

こうした課題に対応するためには、廃棄物や使用済み製品を資源として再利用・再資源化する資源循環の仕組み、すなわち静脈産業の存在が欠かせません。

静脈産業と動脈産業が連携し、製品ライフサイクル全体を見据えた資源循環を実現することで、サーキュラーエコノミーの実現が可能になります。

(2)資源の有効利用

静脈産業の中心的な担い手には、リサイクル業者や廃棄物の回収・処理業者が含まれます。これらの業者の技術が進化することで、廃棄物から高純度の再生資源を効率よく抽出することが可能となり、動脈産業への安定供給が実現します。

このように、再生資源を高い品質で継続的に供給できれば、本来廃棄されるはずだった資源を有効に活用することができ、結果として、資源の無駄遣いを抑えられるだけでなく、廃棄物の総量削減にも大きく貢献します。

(3)地球環境の保護

たとえば、天然資源の採掘や精錬により、以下のような環境破壊や生態系への悪影響が発生していますが、静脈産業により温室効果ガスを削減できればこういった問題にも対処できます。

  • 温室効果ガスの排出増加による大気汚染や地球温暖化
  • 鉱物採掘による森林破壊や野生動植物の生息環境の喪失
  • 石油流出による土壌や海洋の汚染
  • マイクロプラスチックによる海洋生物への影響

再生資源を活用することで、新たに資源を採掘・精製する場合に比べてエネルギー消費を抑えることができ、その分、温室効果ガスの排出量新たな採掘資源量の削減もされます。

3.世界における静脈産業の取り組み事例

(1)【フランス】アパレル製品リサイクルの義務化

引用:https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2022/white_paper_example_13.html

ファッション業界は、流行の変化に対応するため大量生産・大量消費の構造を持っていますが、その結果、アパレル製品の約85%が毎年廃棄されており、深刻な環境問題となっています。

フランスの「AGEC法(Anti-Waste Law for a Circular Economy)」は2020年2月に施行され、アパレル製品のリサイクルを義務化し、廃棄処分を禁止しています。

具体的な取り組み事例
  • 売れ残った衣料品の廃棄禁止
  • 全国4万6,000カ所以上(内8割が歩道など)に回収ボックスを設置
  • 2025年1月1日までにプラスチックのリサイクル率100%を目標にする

取り組みの結果、2019年に64万8,000トンの衣類や靴が市場に出回っていましたが、市場にあるアパレル製品24万9,000トン(市場の約26%)の回収に成功しています。

参考:消費者庁

(2)【イギリス】プラスチック製包装に課税

参考:https://conference.wdc-jp.com/seeps/program/contents/common/doc/PR0039.pdf

イギリスでは、資源循環を促進し、プラスチック廃棄物の削減を図るため、2022年4月1日から「プラスチック包装税(Plastic Packaging Tax)」を導入しています。

この制度では、再生プラスチックの使用促進を目的に、以下のような条件で課税が行われます。

対象者イギリス国内の製造業者および輸入業者
課税対象再生プラスチックの割合が30%未満のプラスチック包装製品
課税額プラスチック包装1トンあたり200ポンド(約3万8,000円 ※2025年3月10日時点の為替レート)
非課税条件・製品の大部分がプラスチック以外の素材で構成されている場合・年間に取り扱う対象包装が10トン未満の事業者

また、この税制に加え、イギリスでは以下のような追加施策も実施されています。

  • プラスチック製レジ袋の有料化および価格の引き上げ
  • プラスチック製ストロー、マドラー、綿棒の販売禁止
  • 単回使用プラスチックの使用抑制に向けた啓発活動の実施

上記のような取り組みを通じて、イギリスはプラスチックの使用削減資源の再利用を推進し、持続可能な社会づくりを目指しています。

参考:環境省 英国の施策概要

(3)【アメリカ】リサイクル率50%を目指した国家リサイクル戦略

参考:独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)

アメリカでは、環境負荷の軽減と資源循環の促進を目的に、2021年11月に米国環境保護庁(EPA)が上記の図の5つの目標を中心とする「国家リサイクル戦略(National Recycling Strategy)」を発表しました。この戦略では、2030年までに固形廃棄物のリサイクル率を50%に引き上げることが目標とされています。

アメリカのプラスチックのリサイクル率は約9%にとどまっており、効果的な対策が求められています。

アメリカでは国家レベルで静脈産業を支援する体制が整備されつつあり、今後はリサイクル推進のさらなる加速が期待されています。

4.日本企業における静脈産業の取り組み事例

(1)非鉄金属資源リサイクルの処理量増強

引用:https://j4ce.env.go.jp/casestudy/053

佐賀県に銅精錬所を構えるある企業では、持続可能な資源利用に向けて非鉄金属資源のリサイクル処理量の増強に取り組んでいます。

同社は、2040年までに銅精錬の原料に占めるリサイクル由来の比率を現在の13%から50%にまで引き上げるという明確な目標を掲げています。この目標達成に向け、同社は以下のような複合的な取り組みを進めています。

リサイクル原料の受入能力の拡大リサイクル原料の処理量を増やすため、受入体制を強化
輸送の効率化原料の安定的な確保と輸送コストの削減を目指して物流面の最適化を推進
前処理技術の開発リサイクル原料に付着した樹脂などの不純物を除去するための前処理技術を開発
設備の高度化リサイクル原料の処理効率を向上させるため、精錬設備の改良・最適化を実施

このような取り組みは、限りある金属資源の有効活用を可能にし、同時に新規採掘に伴う環境負荷の低減にもつながります。

(2)事故車両の廃車部品を再資源化

引用:https://j4ce.env.go.jp/casestudy/210

ある保険会社は、事故車両における廃車部品の再資源化に取り組んでおり、交通事故などで修理が不可能となった車両の廃車部品を再資源化する取り組みを進めています。廃車を単に処分するのではなく、再利用可能な部品を回収・再資源化し、環境負荷の低減を図っています。

具体的には、化学メーカーなどと連携し、ヘッドライトやランプ、エアバッグなどを回収して原料素材に再生しています。

新素材を使って製造する場合と比較し、CO₂排出量を削減する効果も確認されています。

(3)製品プラスチックのマテリアルリサイクル

引用:https://planic.co.jp/recycling-technology/243/

民間企業同士が連携し、使用済みプラスチック製品のマテリアルリサイクルによる再資源化に取り組んでいます。

対象となるのは、自動車部品や家電製品、店舗で使用された梱包資材、さらには使用済みのパレットやコンテナなど、多種多様なプラスチック製の廃棄物です。比重選別技術により、複数の静電選別と組み合わせることで高度な選別精度を可能にしています。

マテリアルリサイクルした再生資源は、再び自動車部品や家電製品の原材料として有効利用されています。

5.静脈産業の企業が直面する課題

静脈産業は循環型社会の実現に欠かせない存在ですが、実用化には高精度な技術が求められる場合が多く、コスト負担回収率の低さなどが課題となります。

ここでは、静脈産業の企業が直面する課題を解説します。

(1)コスト負担

静脈産業は、事業としての収益化の難しさが大きな課題となっており、具体的には、以下のような費用が発生します。

  • 廃棄物の収集・運搬費用
  • 有用資源と不純物を分けるための分別コスト
  • 再資源化に必要な処理や加工費用

上記のような費用は、廃棄物の収集や運搬費用、有用資源と不純物の分別、再資源化など複雑なプロセスのもとで発生します。各企業が新たな技術開発に取り組んでいますが、十分な収益化を期待するにはさらなる技術開発が求められています。

(2)健康被害のリスク

廃棄物の中には、化学物質や重金属など、人体に有害な成分を含むものも多く存在します。これらを適切に処理しなければ、作業者自身の健康被害や、処理ミスによる地域住民・消費者への間接的な健康被害を引き起こすリスクが高まります。業界全体として人手不足が進む中で、以下のような問題が発生しています

  • 安全教育や技術継承が進まない
  • 適切な処理判断ができる人材が不足
  • 若手人材の確保が困難

静脈産業が今後持続可能な形で発展していくためには、専門知識を持った人材の育成と確保、安全教育の徹底が喫緊の課題となります。

(3)リサイクル・再資源化を進めるための意識向上

リサイクルや再資源化を推進するうえで、企業や消費者の意識向上は欠かせません。

いかに高い技術力や回収システムが整っていても、関係者一人ひとりの理解と協力がなければ、資源循環は実現しないためです。

これまでにも啓発活動は行われてきましたが、今後はさらにリサイクルなどの必要性を誰にでもわかりやすく伝える工夫が求められています。

7.まとめ

今回は、静脈産業の重要性や、世界と日本企業の事例などを解説しました。

現代社会で起こっている環境問題や資源の有効利用など、あらゆる課題を解決するには静脈産業の存在が不可欠となります。

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