非財務情報開示義務化とは?いつから・何を・どう開示すべきかを解説

サステナビリティ経営への関心が高まるなか、金融庁経済産業省の方針を受けて、有価証券報告書へのESG情報の記載が順次求められており、2025年には大企業を中心に実質的な開示義務化フェーズへと突入します。(出典:https://www.fsa.go.jp/policy/kaiji/sustainability-kaiji.html

本記事では、非財務情報開示の義務化に際して押さえておくべき全体像を整理しつつ、実務対応に必要なポイントを体系的に解説します。

INDEX

1.非財務情報開示の義務化とは?まず押さえるべき全体像

非財務情報(ESG情報)への関心が国内外で急速に高まっており、それによって企業の持続可能性や社会的責任に対する評価にまで影響しています。ここでは、非財務情報開示の義務化の全体像について解説します。

(1)なぜ今「非財務情報」が注目されているのか

非財務情報が注目される理由とその背景について、以下のように整理できます。

理由内容背景・意義
投資家の行動変化短期的な収益性だけでなく、
企業のESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みを重視するESG投資が主流に
中長期的な企業価値や持続可能性が投資判断の重要な指標になりつつある
消費者・従業員の価値観の変化サステナブルな選択をする消費者、理念共感を重視する従業員の増加により、企業の「姿勢」自体が競争力へブランドイメージ・採用力・顧客ロイヤルティの向上に直結
国際的な潮流と規制の強化欧州を中心とした非財務情報開示の義務化の流れに加え、日本でも金融庁・経産省などが企業に透明性ある開示を求めている規制対応の遅れが企業の信頼性・評価に影響。国際市場での競争力維持には積極的な情報開示が不可欠

これらを踏まえると、非財務情報の開示は単なるトレンドではなく、企業の中長期的な成長戦略の中核をなすものといえます。

(2)義務化の背景と関係省庁の方針(金融庁・経産省など)

欧州ではCSRD(企業持続可能性報告指令)などを通じて、企業に対しサステナビリティ関連情報の開示を義務づける動きが本格化しており、日本企業もグローバル市場での信頼性比較可能性を高めるため、これに追随する形で開示の強化が求められています。

国内では、金融庁が2023年度の制度改正を通じて、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の記載を段階的に義務化しました。これにより、投資家が企業価値を適切に評価できるよう、統一的な情報開示の体制整備が進められています。

また、経済産業省はサプライチェーン全体の透明性向上を重視しており、中小企業への負担軽減策支援制度の構築など、全体最適の視点から開示義務化を後押ししています。

出典:https://www.fsa.go.jp/policy/kaiji/sustainability-kaiji.html
参考:非財務情報の開示指針研究会|経済産業省
参考:令和5年度我が国におけるデジタル取引環境整備事業|経済産業省

以下の動画では、サステナビリティ開示に関する概要と好事例をご確認いただけます。

(3)開示が必要となる企業の規模と業種(対象企業の範囲)

非財務情報の開示義務は、まず上場企業や大企業を中心に適用が始まっています。
2023年度の制度改正により、有価証券報告書でのサステナビリティ情報開示が義務化され、プライム市場上場企業などが初期の対象となっています。さらに今後は、以下のような企業にも範囲が拡大していくと見られています。

対象企業概要
大規模な非上場企業一定の売上高や従業員数を有する企業。
現時点では義務対象外であるものの、
社会的影響力の大きさから将来的に開示義務化の対象となる可能性あり
ESGリスクを抱える可能性が高い特定業種エネルギー・製造・化学など、環境や人権などに関するリスクが高い業種
業界全体として開示が求められやすく、業界団体や国際基準による影響も大きい。
サプライチェーン上で大企業と取引する中小企業直接の開示義務はないものの、大企業からの情報提供依頼やサステナビリティ対応要請により、実質的に非財務情報への対応が求められる状況にある。

このように、企業の規模や業種にかかわらず、ステークホルダーとの信頼関係や調達継続の観点から、非財務情報の開示が事実上の必須事項となりつつあります。

参考:新時代の非財務情報開示のあり方に関する 調査研究報告書 ~多様なステークホルダーとのより良い関係構築に向けて~|起業活力研究所
参考:非財務情報開示の潮流と対応策|PwC
参考:情報開示の事例集|不動産証券化協会

2.いつから始まる?義務化のスケジュールと対象範囲

ここでは、非財務情報開示のスケジュールと対象範囲について、現行制度と今後の展望を整理し、企業が取るべき準備の方向性を明らかにします。

(1)2023〜2025年の主な制度変更スケジュール

非財務情報の開示義務は2024年4月1日以降に開始する事業年度から段階的に適用されます。これは金融庁が示した制度改正の一環で、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の記載が初めて義務化される大きな転換点です。

時期対象・内容
2024年度(2024年4月以降)プライム市場上場企業などの大企業を対象に、
サステナビリティ情報の開示義務化がスタート
2025年度以降スタンダード市場の上場企業や、
一定規模以上の非上場企業への拡大が検討されている

2025年度以降にかけて、スタンダード市場の企業や大規模な非上場企業への拡大が検討されており、開示内容もESG全般にわたって順次拡充されていく予定です。

出典:https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/sustainability_disclose_wg/shiryou/20250627/01.pdf

(2)有価証券報告書への記載義務

まず対象となるのは、大規模公開会社(資本金10億円以上かつ上場企業など)で、財務情報と同様に非財務情報も記載が求められます。

この義務化は一斉適用ではなく、段階的な導入が予定されており、今後はスタンダード市場上場企業一定規模の非上場企業にも対象が広がる見込みです。

段階的な制度設計により、企業は初期段階から情報収集や社内体制の整備を計画的に進められることが利点です。
早い段階で基本的な開示フレームを整えることで、今後の制度拡大にも柔軟に対応できる土台を築くことが可能です。

出典:https://www.fasf-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/2/youhotext_202504.pdf
参考:記述情報の開示の好事例集 2024|金融庁

【事例】ナブテスコの有価証券報告書|ナブテスコ
ナブテスコは、サステナビリティを「事業を通じて社会課題を解決すること」と位置づけ、マテリアリティと関連付けた経営を推進していることを有価証券報告書で報告しています。気候変動に関しては、TCFD提言に基づき、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・目標の観点から開示を行っています。また、2040年までのカーボンニュートラル達成を目指し、SBTi認定を取得した温室効果ガス削減目標の進捗状況も具体的に記載しています。さらに、人的資本経営を重視し、多様な人財の活躍や育成に関する指標を設定し、その取り組みを開示しています。サプライチェーン全体での人権尊重や環境保全活動も経営の重要課題として取り組み、その状況を明記することで、ステークホルダーへの説明責任を果たしています。
出典:有価証券報告書|ナブテスコ

(3)今後追加が想定される対象企業・領域

非財務情報開示の義務化は、大規模企業を中心に始まっていますが、今後は対象の拡大が見込まれています。
たとえば、上場子会社一定の資産・従業員規模を有する非上場企業も、早期に開示対象となる可能性が高いとされています。

また、ESGへの対応が求められるなかで、サプライチェーン全体での透明性確保が重要視されており、任意であっても、開示を行わないことで調達先から外されるリスクがあるため、間接的な義務化と捉えるべき状況です。

参考:大手非上場企業にも気候変動関連情報開示を義務付けへ、意見公募開始
参考:(シンガポール)|日本貿易振興機構(JETRO)

3.何を開示するのか?非財務情報の種類と具体例

開示が求められる非財務情報は多岐にわたりますが、特に「E(環境)」「S(社会)」「G(ガバナンス)」のESG3領域に区分して整理されます。ここでは、非財務情報の種類と具体例について解説します。

(1)ESG3領域別に求められる開示内容

非財務情報の中心となるESG(環境・社会・ガバナンス)の3領域では、以下のような情報の開示が求められています。

領域主な開示項目補足事項
Environment(環境)・GHG(温室効果ガス)排出量
・再生可能エネルギーの使用比率
・水資源の使用量・廃棄物削減の取組
・気候変動リスクと機会への対応方針
TCFD提言に基づく情報開示も推奨
Social(社会)・従業員の多様性・働きがい(D&I、エンゲージメント)
・労働安全衛生
・サプライチェーン上の人権尊重
・地域社会との関係性
人的資本に関する戦略的情報の開示が重視されている
Governance(ガバナンス)・取締役会の構成・独立性
・役員報酬制度
・コンプライアンス体制
・リスクマネジメント
・内部通報制度
経営の透明性や監督体制の信頼性が問われる

企業はこれらを体系的に整理し、方針・目標・実績を明確に示すことが求められます。

(2)マテリアリティ(重要課題)の選定とその根拠

マテリアリティとは、企業の持続可能性や長期的価値創造にとって特に重要な課題を特定するプロセスを指します。非財務情報の開示においては、闇雲に情報を並べるのではなく、自社にとって本質的なテーマに絞り、優先順位を明確化することが重要です。選定にあたっては、以下のような手順が一般的です。

  1. 外部環境の分析(法規制、業界動向、国際的な課題など)
  2. ステークホルダーとの対話(投資家、顧客、従業員など)
  3. 自社の経営戦略や事業特性との整合性の確認

これにより、自社にとって重要なESG課題と、その取り組みの意義・目的を明確に説明できるようになります。
マテリアリティは単なるチェックリストではなく、企業の価値観と持続可能な成長戦略を反映する判断軸として、極めて重要な役割を果たします。

【事例】味の素のマテリアリティ|味の素
味の素は、「食と健康の課題解決」と「地球持続性」を重要な社会課題と捉え、それらを解決するための6つのマテリアリティ(例:食資源の有効活用、環境負荷低減、健康なこころとからだなど)を選定しています。専門家や社内外のステークホルダーとの対話を通じて課題を抽出し、事業への影響度と社会からの期待度を両軸で評価するプロセスを公開しています。これにより、自社の経営戦略と社会課題解決を両立させる「AJINOMOTO Group Shared Value(ASV)」の取り組みの根拠を明確に示しています。
参考:マテリアリティ|味の素

(3)ステークホルダーへの説明責任との関係

非財務情報の開示は、企業が多様なステークホルダーに対して説明責任(アカウンタビリティ)を果たす手段として、極めて重要です。単なるCSRの報告ではなく、具体的な目標・実績・課題を透明に示すことで、企業の姿勢や価値観が伝わります。

対象となるステークホルダーには、投資家、顧客、取引先、従業員、地域社会などがあり、それぞれが企業の信頼性・誠実性を判断する材料として非財務情報を注視しています。
とくにESG課題に対してどう取り組んでいるかを明示することで、企業は社会的信頼を高め、長期的な関係構築や人材確保、資金調達の円滑化にもつなげることができます。

さらに、透明性のある情報開示は企業のレピュテーション(評判)を左右する要素でもあり、持続的成長を支える重要な基盤となっています。

【事例】ステークホルダー・エンゲージメント
サントリーは、統合報告書やサステナビリティレポートにおいて、投資家や顧客、従業員、地域社会といった多様なステークホルダーとの対話(エンゲージメント)のプロセスを具体的に公開しています。サステナビリティ経営を実践する上で、ステークホルダーからのフィードバックをどのように経営戦略に反映させているか、その関係性を明確に示しています。例えば、水資源の保全活動における地域住民との連携や、サプライチェーンにおける取引先との協働など、具体的な活動実績を透明性高く報告しています。
参考:社会との対話(ステークホルダー・ダイアログ)|サントリーホールディングス

4.どう開示すべきか?国内外の開示基準とガイドライン

国内外では、サステナビリティ情報開示に関する様々な基準フレームワークが整備されており、これらを理解し、自社の開示にどのように活用していくかが重要となります。ここでは、国内外の開示基準ガイドラインについて解説します。

(1)ISSB(IFRSサステナビリティ開示基準)の概要と位置づけ

ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が策定するIFRSサステナビリティ開示基準は、企業のサステナビリティ関連リスクと機会に関する情報を、財務情報と統合的に開示するための国際的な共通基準です。

2023年に公表されたIFRS S1(全般的開示基準)IFRS S2(気候関連開示基準)は、いずれもTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みをベースにしつつ、より統合的かつ比較可能な情報開示を実現することを目的としています。

ISSB基準は、従来のバラバラなESG開示基準を統合し、投資家にとって信頼性の高い意思決定材料を提供するグローバル共通言語としての位置づけが期待されています。

今後、日本を含む各国でこの基準に準拠した制度整備が進む見通しであり、企業には早期の対応準備が求められます。

出典:https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/sustainability_disclose_wg/shiryou/20240326/03.pdf
参考:Applying IFRS IFRS サステナビリティ開示基準 IFRS S1 号 IFRS S2 号 の解説|EY
参考:IFRSサステナビリティ開示基準(IFRS S1号及びIFRS S2号)の概要|デロイト

(2)GRI/SASB/統合報告フレームワークとの関係性

非財務情報の開示においては、ISSB基準のほかにもGRI、SASB、統合報告フレームワークといった国際的なガイドラインが広く活用されてきました。それぞれの特徴とISSB基準との関係性は以下の通りです。

名称概要主な目的・特徴
GRIスタンダード(Global Reporting Initiative)企業の社会的責任やサステナビリティに関する包括的な情報開示を行うための国際的な基準あらゆるステークホルダー向けに説明責任を果たすことを重視
SASBスタンダード(Sustainability Accounting Standards Board)業種ごとに財務的に重要なESG項目を定義し、ESG関連の実務的な開示を支援投資家向けに焦点を当てた、財務的に重要なESG情報に特化
統合報告フレームワーク(IIRC)財務情報と非財務情報を統合して開示し、企業の中長期的な価値創造プロセスを説明する枠組み経営戦略との統合を重視し、企業価値の全体像を可視化

ISSB基準は、これらの知見を踏まえて設計されており、既存フレームワークとの整合性も意識された国際共通基準として位置づけられています。

参考:グローバル・レポーティング・イニシアティブ(Global Reporting Initiative, GRI)スタンダード|日本取引所グループ
参考:SASB(Sustainability Accounting Standards Board, サステナビリティ 会計基準審議会)スタンダード|日本取引所グループ
参考:国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council,IIRC)国際統合報告フレームワーク|日本取引所グループ

(3)金融庁のEDINETガイドラインやガバナンスコード

日本国内においても、金融庁が定めるEDINET(金融庁電子開示システム)ガイドラインコーポレートガバナンス・コードが、サステナビリティ情報の開示において重要な指針となっています。

EDINETガイドラインでは、有価証券報告書へのサステナビリティ情報の記載内容や表現方法について明確に示されており、企業はこれに基づいて、気候変動や人的資本などの非財務情報を整備・開示する必要があります。

また、東京証券取引所が定めるコーポレートガバナンス・コードでは、取締役会の監督体制やリスク管理、サステナビリティに関する方針の策定・公表が求められています。これにより、企業は透明性・説明責任・中長期的視点の経営を強化することが期待されます。

これらの国内基準は、国際的な開示動向とも連動しており、企業の持続可能な成長に向けた羅針盤としての役割を果たしています。

参考:コーポレートガバナンス・コード|日本取引所グループ
参考:コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025の公表について

5.企業はどう対応すればよいか?実務で押さえるべき5つのポイント

今後、企業が非財務情報開示義務化に対応するためには、単なる法令遵守にとどまらず、企業価値向上に繋がる戦略的な開示が求められます。ここでは、実務で押さえるべき5つのポイントについて解説します。

(1)社内体制の整備(ESG推進部署・責任者の明確化)

非財務情報の開示に対応するためには、まず社内体制の整備が出発点となります。
とくに重要なのは、ESG・サステナビリティ推進を担う専門部署の設置や、既存部署の機能強化によって、社内の役割分担と情報の流れを明確にすることです。

併せて、経営層に近い位置づけで責任者(CSO:Chief Sustainability Officerなど)を任命し、サステナビリティに関する意思決定が経営戦略と連動するように体制を整える必要があります。

このような構造を持つことで、各部門との横断的な連携が取りやすくなり、開示に必要な定量・定性情報の収集、課題の優先順位づけ、対応方針の策定がスムーズに行えるようになります。

(2)データ収集と品質管理(システム導入や外部連携)

非財務情報の開示においては、正確性・網羅性・再現性のあるデータの確保が不可欠です。とくにESG関連データは複数部署に分散しがちなため、全社的に一元管理できる体制の構築が求められます。

具体的には、ESGデータ管理に特化したシステムの導入や、クラウドベースのレポーティングツールを活用することで、データの収集・更新・可視化を効率化することが可能です。また、外部の第三者機関との連携により、データの妥当性確認や品質監査の実施も推奨されます。

こうした体制を整えることで、開示情報の整合性と信頼性が向上し、投資家や顧客などステークホルダーからの評価・信頼の獲得につながります。

(3)マテリアリティ分析とストーリー設計

非財務情報の開示においては、まず自社の事業戦略と深く関わるマテリアリティ(重要課題)を特定することが出発点です。自社のリスク・機会を的確に捉えたうえで、優先度の高いESG課題を選定し、その根拠を明示する必要があります。

たとえば、気候変動対応や人的資本への投資といったテーマについて、目的→施策→実績→今後の展望を体系的に伝えることで、投資家やステークホルダーに強い納得感を与えることが可能になります。

戦略と整合性のあるストーリー設計は、信頼性の高い情報開示とレピュテーション向上につながります。

(4)報告書作成と開示フローの確立(IR/広報連携含む)

非財務情報の信頼性を確保するには、報告書作成と情報開示のフローを組織として明確に設計することが不可欠です。財務情報と同様に精度と整合性が求められるため、ESG担当部門・IR(投資家向け広報)・コーポレートコミュニケーション(広報)との連携体制を整えることが重要です。

作成段階では、マテリアリティに沿った情報整理に加え、定量データと定性コメントのバランスや、経営陣の関与を反映したメッセージ性のある構成が求められます。

開示のタイミングについても、有価証券報告書や統合報告書、サステナビリティレポート、ウェブサイトなど媒体ごとの役割と公開時期を整理し、全体最適となるような開示スケジュールを策定する必要があります。

こうしたフローを確立することで、正確性・一貫性・タイムリー性を兼ね備えた情報開示が可能となり、投資家や多様なステークホルダーからの信頼獲得につながります。

(5)ステークホルダーとの対話・透明性の確保

非財務情報の開示義務化を背景に、企業とステークホルダーとの対話の重要性はかつてないほど高まっています。
投資家、顧客、従業員、地域社会など、企業活動に関わる多様なステークホルダーからのフィードバックを継続的に収集し、それを経営判断や情報開示に反映させるプロセスが、今後の競争力に直結します。

こうした対話は、単なる一方向の情報発信ではなく、説明責任を果たす姿勢や価値観の共有を通じた信頼構築に寄与します。とくに、サステナビリティ課題に対する方針や成果、課題などを透明性高く開示することが、対話の質を高める前提となります。

さらに、フィードバック内容を的確に開示内容へ反映させることで、企業の真摯な取り組み姿勢が伝わり、中長期的な企業価値の向上につながります。対話と透明性は、持続可能な経営の基盤です。

6.非財務情報開示はコストか?メリットとリスクの整理

非財務情報開示への対応は、単なるコストではなく、企業価値向上のための重要な投資と捉えるべきです。ここでは非財務情報開示におけるメリットとリスクを整理します。

(1)義務対応にとどまらない「企業価値向上」への貢献

非財務情報開示は、自社の中長期的な価値創造戦略と統合することで、企業価値そのものを高める有効な経営ツールとなります。

たとえば、サステナビリティ課題に対する取り組みを明確に示すことで、企業が持つ社会課題解決力や未来への成長可能性を外部にアピールできます。これにより、ESG志向の投資家からの評価向上はもちろん、共感性の高い顧客や従業員との信頼関係の構築にもつながります。

さらに、開示を通じて自社のリスクと機会を可視化・共有するプロセス自体が、新規事業の創出やイノベーションの促進にも貢献します。

【事例】ソニーグループの非財務情報の開示
ソニーグループは、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパス(存在意義)のもと、サステナビリティの取り組みを事業活動と一体化させています。非財務情報開示では、環境負荷低減や人権尊重といった課題への対応が、新たな顧客体験やブランド価値の向上にどう結びついているかを強調しています。これにより、ESG志向の投資家だけでなく、共感性の高い顧客や従業員との信頼関係を深め、企業ブランドの競争力強化に貢献しています。
参考:サステナビリティ|ソニーグループ

(2)投資家・金融機関からの評価と資金調達への影響

とくに近年では、ESG要素を重視する責任投資原則(PRI)に基づいた投資判断が主流化しており、非財務情報の充実度が資金の流れを左右する要因となっています。
こうした企業は、ESG投融資やグリーンボンド、サステナビリティ・リンク・ローンなどの金融商品において、より有利な調達条件を引き出せる可能性があります。

一方で、ESG情報の開示が不十分な企業は、投資対象から除外されたり、金融機関からの評価が低下したりするリスクも抱えます。結果として、資金調達コストの上昇や取引機会の減少といった影響を受けかねません。

つまり、非財務情報開示は、企業の信用力や資金調達力を左右する戦略的要素として、今後ますます重要性を増していきます。

【事例】グリーンボンド|積水ハウス
積水ハウスは、ESG経営を強く推進し、それが資金調達に直接結びついている代表例です。同社は、環境配慮型住宅やZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の普及といったサステナブルな事業活動を資金使途とするグリーンボンドを繰り返し発行しています。これにより、ESG投資を重視する投資家からの評価を獲得し、長期安定的な資金調達を実現しています。
参考:積水ハウス、「ESGファイナンス・アワード・ジャパン」において「環境サステナブル企業」に選定

(3)対応が遅れた場合のリスク

他社が積極的にESG情報を発信する中、自社の開示が不十分であれば、投資家やアナリストによる評価で相対的に不利な立場に置かれる可能性が高まります。

これは単に一時的な印象の問題にとどまらず、企業イメージ(レピュテーション)の低下や、ESG投資の対象から除外されるといった市場での競争力低下につながります。加えて、開示内容にばらつきがあると、ステークホルダーとの信頼関係の希薄化を招くリスクも否めません。

一方、非財務情報開示は、単なる法対応ではなく、自社の価値や強みを戦略的に伝えるチャンスでもあります。自社と社会課題との関係性を明確化し、早期から対応を進めることで、長期的な信頼と競争優位性を確立することが可能です。

つまり、情報開示の遅れは、チャンス損失そのものであると捉える必要があります。

7.まとめ

非財務情報の開示義務化は、単なる制度対応にとどまらず、企業の中長期的な価値創造や信頼構築に直結する重要なテーマです。2024年度から段階的に義務化が進められており、今後は上場企業に限らず、一定規模の非上場企業やサプライチェーン全体への波及も見込まれています。

義務化を負担として捉えるのではなく、企業の価値を正しく伝える機会と捉えることで、今後の競争力強化や投資家・社会からの信頼確保につながるでしょう。

監修

早稲田大学法学部卒業後、金融機関での法人営業を経て、中小企業向け専門紙の編集記者として神奈川県内の企業・大学・研究機関を取材。
2013年から2020年にかけては、企業のサステナビリティレポートの企画・編集・ライティングを担当。2025年4月よりフリーランスとして独立。
企業活動と社会課題の接点に関する実務経験が豊富で、サステナビリティ分野での実践的な視点に基づく発信を強みとしている。

INDEX