近年の国際情勢は、米中対立やロシア・ウクライナ戦争に象徴される地政学的な緊張の高まりにより、かつてないほど不確実性を増しています。企業はもはや経済合理性のみを追求するだけではなく、不測の事態に備えたリスク分散戦略、すなわちデリスキングを経営の中核に据える必要があります。
本記事では、デリスキング時代に企業が取るべき戦略を明らかにし、とくにサプライチェーンの再構築を中心に具体策を解説します。
1.デリスキングとは何か?基本的な理解

デリスキングとは「リスク低減」を意味する英語「de-risking」に由来し、近年の国際情勢の不確実性の高まりとともに企業経営において重要性を増しています。デリスキング戦略を軽視または未実施の企業が直面し得る現実的なリスクを、主要なリスク領域ごとに整理します。
リスク領域 | 具体的な懸念 | 想定シナリオ |
---|---|---|
供給網寸断 | 主要サプライヤーの国で紛争・制裁・災害が発生し、調達不能に | 半導体などの重要部品の入手困難、製造ライン停止、納期遅延 |
コスト急騰 | 特定国への依存が強いため、突然の関税・輸出規制でコストが急増 | 部材価格の高騰、利益圧迫、 価格転嫁による競争力低下 |
技術流出リスク | サイバー攻撃・模倣品流通などにより技術優位性が失われる | 知財侵害・模倣品出回り、 競争優位喪失 |
市場アクセス喪失 | 突然の規制変更や制裁で 市場そのものを失う | 主要販売市場からの撤退、 売上の急減 |
ブランド毀損 | 社会的責任や安全保障への 対応不足で批判を受ける | ステークホルダー(投資家・顧客)からの信頼喪失 |
事業継続性の低下 | 単一地域に依存しすぎたために 危機対応に時間とコストがかかる | 回復の遅れ、他社に顧客を奪われる |
ここでは、デリスキングの定義や企業経営における位置づけ、デカップリングとの違い、さらに企業がこの戦略を求められる背景について解説します。
(1)デリスキングの定義と企業経営における位置づけ
デリスキングとは、地政学的なリスクを低減しつつ、特定の国や地域との経済関係を維持しながらリスク管理する戦略です。特に近年は、以下の観点から注目を集めています。
- 民主主義国家と一部国家間での価値観や安全保障を巡る対立の深化
- サプライチェーンの過度な依存からの脱却、経済安全保障の確保
- 関係を維持しつつリスクを管理
欧州を中心に提唱され始め、2023年のG7広島サミットでもその重要性が確認されました。出典:G7広島首脳コミュニケ(2023年5月20日)|Ministry of Foreign Affairs of Japan
同年には日本国内でも特定重要物資の指定が追加されるなど、デリスキングの概念は国際的な議論の中核をなしています。デリスキングは、経済的関係を完全に断ち切るのではなく、関係を維持しながらリスクを適切に管理することを重視する点が特徴です。
(2)デカップリングとの違い

デリスキングと混同されやすい概念に「デカップリング」があります。
両者の目的や対象が大きく異なる点に注意が必要です。以下に、両者の違いを整理します。
概念 | 目的 | 対象 |
---|---|---|
デリスキング | リスク低減、サプライチェーンの強靭化・多様化 | 特定国への過度な依存を避けるための 広範なサプライチェーンや経済活動 |
デカップリング | 国家安全保障の確保 | 国家安全保障に関わる ごく一部の機微技術や重要分野 |
デカップリングは、AIや最先端技術など国家安全保障に直結する特定の技術・分野において、「小さな庭と高い塀」の原則のもとで厳しく管理・分断することを意味します。これは軍事バランスや国家安全保障を左右するごく一部の領域に限定された措置です。
一方、デリスキングは、特定国への過度な経済的依存を避けるために、サプライチェーンの多様化やリスク分散を広範に進める取り組みです。レガシー半導体や鉱物資源など、特定地域への依存リスクを回避し、持続可能で強靭な供給網を構築することを目指しています。
(3)デリスキングが求められる背景
デリスキングという概念が国際社会で注目されるようになった背景には、いくつかの要因があります。
- 国際的なビジネスや貿易が直面するリスクが複雑化・増大している
- デカップリングでは国際間の課題が解決できなかった
デカップリングが引き起こす可能性のある経済的断絶に対し、デリスキングは、経済的分断を避けつつ国際社会の新たな課題に対して柔軟かつ効果的に対応するための、より実現可能で柔軟なアプローチとして登場しました。
このように、デリスキングは、複雑化するグローバルリスクと、デカップリングの現実的な困難さという背景から、国際社会でその重要性が増しています。以下の動画では、2020年におけるデカップリングの事例をご確認いただけます。
2.企業が取るべきデリスキング戦略の全体像

デリスキングを効果的に推進するためには、企業は多角的な視点から戦略を構築する必要があります。
ここでは、企業が取るべきデリスキング戦略の全体像を解説します。
(1)リスクと事業ポートフォリオの関連性分析の重要性
デリスキング戦略を企業が推進する上で、自社の事業ポートフォリオが抱えるリスクを正確に分析することです。グローバルなビジネス環境は常に変化しており、地政学リスクや経済安全保障政策の動向など、予期せぬ外部要因が事業に大きな影響を与える可能性があります。
特に、特定の国や地域に事業やサプライチェーンが過度に集中している場合、その地域のカントリーリスクが顕在化した際に、事業全体が深刻な打撃を受けるリスクが高まります。
事業ポートフォリオとリスクの関連性を分析することで、どの事業がどのようなリスクに対して脆弱であるかを特定できます。この分析に基づき、リスクの高い事業分野や地域への依存度を計画的に低減したり、リスク分散のための新たな市場開拓や事業再編の方向性を検討することが可能となります。たとえば、以下のような視点での分析が有効です。
- 特定の国への売上依存度
- 主要な調達先が集中する地域
- 生産拠点が特定の地域に偏っているか
この分析結果は、次に述べるサプライヤーや市場の多元化など、具体的なデリスキング施策の基盤となります。
(2)サプライヤー・市場の多元化でリスクを分散
デリスキング戦略において、特定の国や地域への依存度を下げることは非常に重要です。
特に調達先を多元化することで、地政学リスクや自然災害などによる供給網寸断のリスクを分散できます。

日本の企業、特に海外現地法人を持つ製造業や卸・小売業では、調達依存度の高い国として中国が最も多く(約4割強)、その後にASEAN6やNIEs3が続きます。中国への依存度が高い企業では、依存割合が3割以上のケースが約6割に上ります。調達依存度が高い企業は、以下のようなリスクを認識しています。
中国 | ・国家間等での緊張の高まり (69.3%) ・米中貿易摩擦 (52.9%) ・貿易制限・関税 (50.3%) |
---|---|
NIEs3 (韓国、台湾、香港など) | ・国家間での緊張の高まり(59.3%) |
これらのリスクに対応するため、多くの企業が調達先の見直しや分散の必要性を感じています。
特に中国への依存度が高い企業は、約3割が既に依存度を下げている、または下がる見込みと回答しており、約3割が必要性を感じつつも困難だと回答しています。

(3)生産・開発拠点の見直し
特定の国や地域に依存しすぎている状況は、地政学リスクや経済安全保障政策による影響を受けやすくなるため、生産や開発の拠点をどこに置くかは非常に重要な検討事項です。

米国では、2018年からの米中対立の顕在化以降、サプライチェーンの強靭化を目的とする国内や同盟国・友好国間でのサプライチェーン再構築が進められています。これは、従来のコスト効率重視から、途絶リスクを考慮した拠点配置への転換を促す動きともいえます。サプライチェーン再構築に際する比較項目は以下のとおりです。
検討項目 | 具体的な行動例 |
---|---|
依存度低減 | 特定国・地域への生産集中を避け、複数拠点を持つ |
ニアショアリング | 消費地に近い地域への生産拠点の移設 |
フレンドショアリング | 同盟国・友好国への生産拠点の移設 |
技術流出のリスクも考慮しつつ、最適な拠点配置を検討することが、デリスキング時代の企業戦略として求められています。こうした拠点戦略の見直しに加え、技術流出防止やサイバーセキュリティ強化といった情報保護の取り組み も、総合的なリスク管理には欠かせません。
(4)技術流出防止とサイバー対策の徹底
デリスキング時代において、企業は技術流出やサイバー攻撃への対策を徹底する必要があります。特に、経済安全保障政策が強化される中、特定の技術や情報が国外に不当に流出することは、事業継続や国際競争力の維持に深刻な影響を与えかねません。
たとえば、米国では経済安全保障政策の一環として、海外からの投資や技術提携に対する規制が強化される動きが見られます。これは、特定の国への技術依存を減らし、自国の技術優位性を守るための措置です。企業は、こうした国際的な規制の動向を注視しつつ、自社の知的財産や機密情報を守るための体制を強化する必要があります。具体的な対策としては、以下のようなものが挙げられます。
アクセス権限管理の厳格化 | 重要な技術情報へのアクセスを必要最小限の担当者に限定する |
---|---|
サイバーセキュリティ対策の強化 | 最新の脅威に対応できるセキュリティシステムを導入し、定期的な見直しを行う |
従業員教育の徹底 | 技術流出やサイバー攻撃のリスクについて従業員の意識を高める研修を実施する |
サプライヤーを含む連携先のセキュリティ評価 | サプライチェーン全体でのセキュリティレベルを確保する |
経済安全保障政策は、今後も企業の事業活動に大きな影響を与えると考えられます。
技術流出やサイバー攻撃のリスクを最小限に抑えることは、デリスキング戦略の重要な柱となります。以下の報道動画では、経済安全保障推進法の概要をご確認いただけます。
3.サプライチェーン再構築とは?デリスキング戦略の具体策

デリスキング戦略の中心となるのが、不安定さを増す国際情勢に対応するためのサプライチェーンの再構築です。
有事や予期せぬ事態が発生しても事業継続を可能にするには、供給網の脆弱性を特定し、計画的に対策を講じる必要があります。ここでは、デリスキング戦略の具体策としてサプライチェーン再構築について解説します。
(1)リスクの見える化で全体最適を実現
デリスキング戦略を推進し、強靭なサプライチェーンを構築するためには、まず「リスクの可視化」が不可欠です。
どこに、どのようなリスクが潜んでいるのかを定量的・定性的に把握することで、場当たり的な対策ではなく、サプライチェーン全体を最適化するための戦略的アプローチが可能になります。
具体的には、以下のようなリスクを体系的に可視化し、評価することが求められます。
特定サプライヤーへの過度な依存 | 調達先が一極集中していないか、 依存度を数値化して確認 |
---|---|
輸送ルートの脆弱性 | 輸送ルートの地理的・地政学的リスクを洗い出し、 代替ルートの確保を検討 |
生産・在庫拠点のリスク分布 | 自然災害や地政学リスクの高い地域に 拠点が偏在していないかを分析 |
在庫の適正性 | 特定拠点や地域への在庫集中を見直し、 供給途絶リスクを低減 |
こうしたリスク情報をダッシュボードやリスクマップなどのデジタルツールで可視化することで、限られたリソースの投資先を戦略的に選定し、効果的なデリスキング策を講じることが可能です。
リスクの可視化は、サプライチェーン再構築の起点であり、多様化・分散化・在庫最適化といった施策の効果を高める基盤となります。
以下の報道動画では、世界のサプライチェーン危機について解説しており、どのような場合にサプライチェーン再構築を検討すべきか判断の指標になります。
(2)調達先分散・代替ルート確保の実践例
デリスキング戦略の柱のひとつが、調達先の分散と代替ルートの確保です。特定の国・地域への調達依存を低減することは、地政学リスクや突発的な供給途絶リスクへの備えとして重要です。
経済産業省「通商白書2024年版」によれば、特に特定の国への依存度が高い日本企業では、依存度低減の必要性を強く認識し、具体的な対策に取り組む割合が最も高くなっています。主な取り組みの例としては、以下のようなものがあります。
調達先の多角化 | 特定の国に偏っていた調達先を、 ASEAN諸国(特にASEAN6)、 NIEs(韓国、台湾、香港)などへと分散する |
---|---|
国内回帰・ニアショアリング | 国内生産への回帰や、 日本周辺国への生産拠点移転(ニアショアリング) を進める |
代替サプライヤーの確保 | 複数の代替サプライヤーをリスト化し、 平時から関係構築や品質確認を進める |
一方で、こうした取り組みには、新規サプライヤーの選定・認定、品質管理の確立、物流コストの上昇といった新たな課題も伴います。サプライチェーン再構築に向け、官民連携による支援や情報共有の重要性が高まっています。
(3)在庫・バッファーの最適管理で供給維持
デリスキング戦略の一環として、在庫管理やバッファー(緩衝在庫・予備生産能力)の最適化は、サプライチェーンの強靭化において重要な役割を果たします。
従来のジャストインタイム(JIT)方式は効率性に優れる一方、予期せぬ供給途絶リスクへの耐性は限定的でした。これに対し、戦略的に在庫や生産余力を確保することが、事業継続性を高める有効な手段となっています。
具体的には、以下のような考え方が実践されています。
- 戦略的在庫の積み増し
重要部品や原材料については、供給途絶シナリオを踏まえた余剰在庫を確保し、必要最低限のリスク緩和を図る - 生産能力のバッファー確保
生産能力に一定の余裕を持たせ、需要急増や供給網寸断に対する柔軟な対応を可能に - 需給予測の精度向上
データに基づく精緻な需給予測と連動した在庫管理を行う
従来型とデリスキング型の在庫戦略を比較すると、以下のような特徴が挙げられます。
従来型SCM | デリスキング型SCM | |
---|---|---|
在庫方針 | 最小限 | 戦略的積み増し |
バッファー | 限定的 | 重要箇所に確保 |
供給安定性 | リスク高 | 比較的安定 |
リスクシナリオに応じた柔軟かつバランスの取れた在庫・バッファー戦略が、デリスキング時代の供給安定性確保につながります。
(4)デジタル活用によるSCMの革新
デリスキング時代におけるサプライチェーン再構築では、デジタル技術の活用が不可欠です。
サプライチェーンマネジメント(SCM)のデジタル化を進めることで、全体の可視化が可能となり、リスクの早期把握と迅速な対応力が飛躍的に向上します。具体的には、次のような革新が期待されます。
革新内容 | 詳細 | 効果 |
---|---|---|
リアルタイムでの情報共有 | 調達・生産・販売・物流・返品といった各プロセス間で、 モノ・カネ・情報の流れをリアルタイムに共有 | 需要予測の精度向上、 過剰在庫や品切れリスクの低減 |
データに基づく意思決定の高度化 | POSデータ、受注状況、在庫データなどを活用し、需要予測や計画立案を効率化 | リードタイム短縮、コスト削減 |
サプライチェーン全体の最適化 | 可視化されたデータを基に ボトルネックや非効率な工程を特定・改善 | サプライチェーン全体の最適化、 人的リソースの合理活用、 迅速な経営判断 |
デジタル技術を活用したSCMの革新は、変化の激しい現代において、企業がリスクを管理し、競争力を維持するために重要な要素となります。
4.デリスキング時代、企業が直面する具体的リスクとその影響

デリスキング戦略の中心となるのが、不安定さを増す国際情勢に対応するためのサプライチェーンの再構築です。
有事や予期せぬ事態が発生しても事業継続を可能にするには、供給網の脆弱性を特定し、計画的に対策を講じる必要があります。ここでは、企業が直面する具体的リスクとその影響について解説します。
(1)地政学リスクと供給網寸断の脅威
デリスキング時代において、地政学リスクの高まりは企業のサプライチェーンを寸断し、事業継続に深刻な影響を及ぼしかねません。以下の表は、リスク要因と企業の供給網に与える具体的な影響をまとめたものです。
リスク要因 | 具体的な影響 |
---|---|
米国などによる対中輸出規制 | 先端半導体・製造装置の対中輸出が制限され、 重要技術流出防止と技術優位性確保を図る一方、 調達制約が生じる可能性がある |
中国の自給率向上政策 | 半導体の国内生産能力強化を目指すが、 先端分野では西側諸国からの供給依存が残るため、 供給網の不確実性が続く |
中国の資源輸出規制 | 半導体製造に必要なガリウム・ゲルマニウム等の輸出を規制し、 対抗措置として供給網の脆弱性を突く |
特定国・地域依存の供給網 | 突発的な規制・制裁により、 サプライチェーン寸断や調達リスクが顕在化し、 事業継続が脅かされる |
このような状況下、企業にとっては供給網の多様化・強靭化が急務となっており、サプライチェーン全体の再構築が求められています。
特に半導体分野では、米中間の緊張がそのリスクを顕在化させており、以下の動画では、その詳細をご確認いただけます。
(2)経済安全保障政策による新たな事業制約
日本では、経済安全保障推進法の施行をはじめ、企業のサプライチェーンや技術管理、インフラ運営に影響を及ぼす法制度が整備されています。企業はこれらの動向を正確に把握し、戦略の見直しや体制強化が求められています。主な制約と影響は次のとおりです。
政策・規制項目 | 具体内容 | 主な影響 |
---|---|---|
重要物資の安定供給確保 | ・特定国依存の見直し ・国内生産強化、調達先の多元化 | 計画策定・実行負担の増大、政府支援活用の必要性 |
基幹インフラの強靭化 | ・電力・ガス・通信などでのサイバー対策 ・リスク管理義務化 | 投資負担の増加、管理体制強化が必要 |
先端技術の管理強化 | ・重要技術の流出防止 ・開発支援と併せた管理強化 | 技術運用の制約、管理コストの増加 |
特許出願の非公開化 | ・機微技術に関する特許の非公開対象化 | 知財戦略の見直し、競争優位性への影響 |
これらの政策は、サプライチェーンの見直しや技術管理の厳格化など、企業にとって新たなコスト負担や事業戦略の変更を伴う可能性があります。各国の規制動向を把握し、自社の事業への影響を評価・対応することが重要です。
(3)特定地域依存による事業継続のリスク
特定の国や地域への過度な依存は、外部環境の変化が直接的に事業継続を脅かすリスク要因となります。
デリスキング戦略では、この依存度を下げ、環境変化に強い事業構造を築くことが求められます。特定の国や地域に生産拠点や主要サプライヤーが集中している場合、以下のようなリスクが発生する可能性があります。
- 供給網の寸断
- 市場の縮小
- 予期せぬ規制
このようなリスクに備え、サプライチェーンの多角化や生産拠点の分散、市場の多様化が重要です。
5.デリスキング推進の現実的課題と今後の展望

企業経営はかつてないほど多様かつ深刻なリスクに直面しており、これらのリスクは単に事業継続を脅かすだけでなく、長期的な成長戦略にも大きな影響を及ぼします。
ここでは、デリスキング推進の現実的課題と今後の展望について解説します。
(1)コスト増加と収益確保の両立
デリスキング、とりわけサプライチェーン再構築は、初期投資や継続的コストの増加を伴います。企業はこれらのコスト負担を吸収しつつ、収益性を維持・向上させる戦略的判断が求められています。
課題要素 | 具体内容 | 主な影響 |
---|---|---|
新たなサプライヤーの開拓・評価 | 新規調達先の発掘、 品質・安定供給の確認 | 初期投資負担、調達コストの上昇 |
複数拠点での生産体制構築 | 生産拠点分散、BCP強化 | 設備投資・運営コスト増加 |
在庫水準の見直し | 戦略的在庫積み増しによる 供給リスク低減 | 保管・資金繰り負担の増加 |
このような課題に対し、企業は短期的なコスト増と中長期的な事業継続性向上のバランスを見極める必要があります。
出典:https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2024/2024honbun/i2220000.html
(2)国際規制の複雑化への順応
デリスキングを推進する企業は、国際規制の多様化・厳格化に対応する体制強化が不可欠です。最新動向の把握と法務・コンプライアンスの強化が、事業継続につながります。
規制テーマ | 具体内容 | 主な課題・影響 |
---|---|---|
技術輸出規制 | 特定国・特定技術への輸出が 規制対象となる | 取引制約、輸出手続きの負担増 |
人権関連規制 | サプライチェーン上の 強制労働・人権侵害防止義務 | サプライヤー管理強化、監査負担 |
環境・サステナビリティ規制 | 脱炭素・循環経済対応の 新たな義務 | 投資負担、報告義務の増加 |
企業は、これらの複雑化する国際規制への対応として専門家連携、グローバル規制データベースの活用、社内体制の高度化を進める必要があります。
(3)ステークホルダーとの調整・協力体制構築
デリスキングの実現には、政府、企業、研究機関、業界団体など多様なステークホルダーとの調整・連携が不可欠です。国際的な経済安全保障の枠組みの中で、企業は協力体制を戦略的に構築する必要があります。
協力領域 | 具体内容 | 主な意義 |
---|---|---|
政府間協力 | 輸出管理、投資規制、 経済的威圧対策における政策協調 | 規制の整合性確保、国際的な対応力向上 |
官民連携 | サプライチェーン強化の情報共有、技術流出防止の共同取組 | リスク低減、重要物資供給の安定化 |
国際標準化 | 次世代技術の標準策定での多国間協調 | 技術優位性の確保、競争力強化 |
企業は、こうした国際的動向を注視し、サプライヤー・顧客・政府・業界団体との対話を通じて共通理解を深め、協力体制を強化することが求められます。
出典:https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/05/3ddd8cdfc6a63f7c.html
(4)持続可能性を意識したSC再設計
デリスキングの取り組みでは、供給安定化にとどまらず、持続可能性を意識したサプライチェーン再設計が求められます。環境・社会・ガバナンス(ESG)の視点をSC全体に組み込むことが、長期的な企業価値向上につながります。
ESG要素 | 具体取組 | 主な効果 |
---|---|---|
環境面 | 再生可能エネルギーの活用、CO2排出削減、資源循環の導入 | 環境負荷低減、規制対応力強化 |
社会面 | 労働環境適正化、人権デューデリジェンス、地域貢献 | 社会的信頼性向上、リスク低減 |
ガバナンス | 透明性ある情報開示、倫理的調達基準の設定 | ステークホルダー信頼獲得、企業価値向上 |
このような持続可能なSCは、短期的なリスク回避だけでなく、長期的な競争力強化や新たなビジネス機会の創出にも寄与します。
出典:https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/20230705_report.html

5.諸外国のデリスキング戦略
グローバル経済の不確実性が高まる中、各国は独自のデリスキング戦略を模索しています。特に、特定国への過度な依存を低減し、経済安全保障を強化する動きが顕著です。
欧州連合(EU)やドイツなど、主要経済圏における具体的な取り組み事例を確認することで、日本企業がデリスキング戦略を推進する上での示唆を得ることができます。以下では、EUとドイツのデリスキング戦略の概要を紹介します。
(1)EU
EUは経済的デリスキングを戦略に掲げ、重要原材料の内製化、サステナブルな供給網の整備、規制強化を推進しています。環境政策と連動した規制が企業行動の変容を促し、経済安全保障戦略のもと、サプライチェーン多様化や技術分野強化、特にエネルギー・グリーンテクノロジー分野での依存低減が進められています。
(参考元:公益財団法人 国際通貨研究所 国際通貨研レポート)
(2)イタリア
イタリアの一帯一路離脱は、経済的なメリットの再評価に加え、地政学リスクの分散を図るデリスキングの一環とも位置づけられます。特定国への過度な経済依存を見直す動きが、今後さらに各国で加速する可能性があります。
6.まとめ
デリスキングを推進するにあたり、企業は リスク低減と経済的利益のバランス、すなわちトレードオフを慎重に見極めることが重要です。欧州の経済安全保障戦略でも「比例性」や「精密性」が基本原則とされ、開放的経済の恩恵と安全保障上の規制強化との間に本質的な緊張関係があることが指摘されています。
サプライチェーンの多元化、生産拠点の分散、技術流出防止など、企業が講じるべき対策は多岐にわたりますが、これらは同時にコスト増や国際規制対応といった現実的な課題を伴います。
今後は、「何がリスクであり、どのようなトレードオフを許容するか」を企業内外で共通理解として醸成し、それを基盤とした戦略的な意思決定が持続可能な成長と事業発展につながるでしょう。