企業の事業活動において、環境への配慮は経営戦略の重要な一部となっています。
とりわけ「環境影響評価(環境アセスメント)」は、事業活動が環境に与える影響を事前に調査・予測・評価し、環境への負荷を最小限に抑えるための必須プロセスです。
本記事では、環境影響評価の基本概念から事例などを詳しく解説します。
1.環境影響評価(環境アセスメント)とは
環境アセスメントとは、企業の事業活動が環境に与える悪影響を未然に防止することを目的とした制度です。
一般的には「環境影響評価」とも呼ばれ、事業者が自ら事業計画段階から環境への影響を調査・予測・評価し、その結果を公表して幅広い意見を取り入れながら、より環境に配慮した事業計画を作り上げていくプロセスを指します。
(1)環境アセスメントの概要
環境省では、環境アセスメントを以下のように定義しています。
環境影響評価(環境アセスメント)制度とは、事業者自らが事業の実施前に、環境への影響を調査・予測・評価し、その結果を公表して、国、自治体、国民の意見を聴き、それらの意見を踏まえ、環境の保全の観点から、よりよい事業計画を作り上げていくための手続を定めたもの。
引用元:環境省 環境影響評価制度の現状等について
たとえば、大規模な工事に取り掛かる前に周囲の生態系や住民への影響を予測し、問題があれば対策を講じます。この取り組みにより、環境へのダメージを減らしながら、持続可能な開発が実施できます。
①対象範囲
環境アセスメントは、第1種事業と第2種事業にかかわる事業者が対象です。
第1種事業 | 環境アセスメントの実施が必須な事業 |
---|---|
第2種事業 | 環境アセスメントの必要性を個別に判断する事業 |
それぞれ環境影響評価法で下図のように定められています。
これらの事業は、環境影響評価法に基づく「第一種事業」「第二種事業」、各自治体の条例で定められた対象事業として扱われます。ただし、事業の規模や特性によって、適用される法令や手続きの内容が異なる場合があることに注意が必要です。
たとえば、大型テーマパークの建設には広大な敷地を要すことから、土地造成や施設建設による周辺環境への影響について事前に調査・予測が必要になります。
②手続きの流れ
環境影響評価の手続きは、以下の流れで進めます。
順番 | 手続き | 内容 |
---|---|---|
1 | 配慮書の作成・提出 | 事業計画の検討段階で、環境への配慮事項を記載した文書を作成 |
2 | 方法書の作成・提出 | 環境影響評価の項目や調査方法を記載した文書を作成 |
3 | 現地調査の実施 | 方法書に基づき、実際に環境への影響を調査 |
4 | 準備書の作成・提出 | 調査結果や環境影響の予測・評価結果などをまとめた文書を作成 |
5 | 評価書の作成・提出 | 準備書への意見を踏まえて修正した最終的な評価書を作成 |
6 | 事業の実施 | 評価書に基づいて環境保全措置を講じながら事業を実施 |
7 | 事後調査の実施 | 事業実施後、予測・評価結果を検証するための調査を実施 |
この流れに沿って、各段階で地域住民や関係行政機関などの意見を積極的に取り入れることで、多角的視点で環境に配慮した事業を推進できます。
(2)企業が取り組むべき環境影響評価の重要性
企業が積極的に環境影響評価に取り組むことには、以下のような重要性があります。
- 事業リスクの低減
- ステークホルダーからの信頼獲得
- 持続可能な事業活動の実現
- イノベーションの促進
環境影響評価を導入することで、企業は事業リスクを低減し、ステークホルダーの信頼を獲得し、持続可能な事業活動を実現でき、資源の効率的利用や廃棄物削減によるコスト削減が期待でき、長期的な経営の安定化にも寄与します。
評価プロセスの中で新たな技術や解決策を見出せれば、イノベーションが促進され、環境と調和した事業の発展が可能になります。
2.環境影響評価に関する制度
環境影響評価する際には、国の法律や地方自治体の条例に準拠しなければなりません。
ここでは、環境影響評価に重要な法律や条例についてご紹介します。
(1)法令と条例
環境影響評価を実施する際の法的根拠となるのが、国の「環境影響評価法」と地方自治体の「環境影響評価条例」です。以下ではそれぞれについて解説します。
①環境影響評価法
環境影響評価法(環境アセスメント法)は、1997年に制定され、1999年に全面施行された国の法律です。
この法律は、環境に大きな影響を与える恐れのある大規模な開発事業について、事業者自ら環境影響評価を行うことを義務付けています。
また、環境影響評価法の特徴は「手続法」であることです。つまり、具体的な環境基準ではなく、環境影響評価を行うための手続きを定めた法律です。そのため、実際の評価内容や基準は、個別の環境法令や技術指針などを参照する必要があります。
②電気事業法等
特定の事業分野では、環境影響評価法と併せて個別法による規定も設けられています。
たとえば、発電所の建設では「電気事業法」が設けられており、経済産業大臣が審査や勧告を行う仕組みを構築しています。
③環境影響評価条例
都道府県や政令指定都市などの自治体も、独自の環境影響評価条例を制定している場合があります。
これらの条例は、国の法律を補完する役割を持ち、地域特有の環境特性や課題に対応するためのものです。
条例の特徴として、法律よりも小規模な事業も対象にしていることや、住民参加の機会を多く設けていることも特徴の一つです。たとえば、公聴会の開催や第三者機関による審査手続きを設けるなど、地域の実情に応じた内容となっています。
以下の表は、環境影響評価条例について都道府県でどのような違いがあるのか、東京都と大阪府を例に挙げたものです。
東京都環境影響評価条例 | 大阪府環境影響評価条例 | |
---|---|---|
施行年 | 1980年(2002年改正) | 1994年(2006年改正) |
対象事業数 | 25種類 | 17種類 |
特徴的な対象事業 | 高層建築物、地下鉄、廃棄物処理施設など | 廃棄物処理施設、土石の採取、工場・事業場の設置など |
主な手続き | 第二次評価(審議会による再評価)制度、事後調査制度の充実 | 計画段階環境配慮書手続きの詳細規定、事後調査の重視 |
住民参加 | 都民の意見を聴く会、公聴会の開催 | 府民意見の聴取、事業者との意見交換の促進 |
各都道府県の環境アセスメント制度に関するお問い合わせ先は、環境影響評価情報支援ネットワークの公式サイトでご確認ください。
(2)環境影響評価法と条例の関係性
国の環境影響評価法と地方自治体の条例は、相互に補完し合う関係にあります。しかし、一つの事業に対して双方の手続きが重複して義務付けられることは、事業者にとって大きな負担となります。
そのため、環境影響評価法と条例は、以下のような関係にあります。
環境影響評価法は、規制の限度を定めるものではなく、法律に該当しない配慮書手続(計画的段階環境配慮書の手続き)の場合は、必要に応じて条例の配慮書手続で対応でき、報告書に関しても、必要に応じた条例の手続きでも構いません。
ただし、条例の内容は自治体ごとに異なるため、事業を実施する地域条例の事前確認が重要です。
3.環境影響評価に取り組む際の注意点と課題
環境アセスメントに取り組む際には、課題をクリアしつつ、注意点に配慮する必要があります。
主な課題や注意点について以下で解説します。
(1)環境保全への対応
環境影響評価で最も重要なのは、評価結果に基づく適切な環境保全措置を講じることです。
基本的には、環境への影響を「回避」「低減」「代償」の3段階で検討します。
たとえば、貴重な湿地がある場所で開発事業を計画する場合、まずは、湿地を避けた計画に変更する「回避」を検討します。
回避も難しい場合は、湿地への影響を最小限にする工法を採用する「低減」を図ります。それでも環境への影響が避けられない場合は、別の場所に同等の湿地環境を創出する「代償」措置を講じるというステップを踏みます。
結果的に環境に配慮した事業活動は、地域社会からの信頼獲得や事業リスクの低減につながります。
(2)地域住民との密なコミュニケーション
環境影響評価の成否は、地域住民との円滑なコミュニケーションにかかっています。
法令上必要な説明会や意見聴取だけでなく、積極的に地域住民と対話し、懸念事項に真摯に対応することが重要です。地域社会との信頼関係を構築するポイントは以下の4つです。
- 早期段階からの情報提供
- 分かりやすい説明
- 意見を真摯に受け止める姿勢
- 継続的なコミュニケーション
地域社会との信頼関係を構築するには、初期段階から情報を公開し、透明性を確保することが重要です。
なるべく専門用語を避け、図表や模型を活用したわかりやすい説明を心がけることも大切です。
また、住民の意見や懸念に真摯に耳を傾け、対話を重ねることで信頼関係を築けます。
情報提供は一度きりではなく、事業の進捗に応じて定期的に報告し、地域と協力して進める姿勢を示すことが不可欠です。
(3)評価後の継続・追加調査
環境影響評価は、事業実施前の予測・評価に基づくものであり、実際の環境への影響は予測と異なる場合があります。そのため、事業実施後の「事後調査」が重要な意味を持ちます。
事後調査では、予測した環境影響と実際の状況を比較し、必要に応じて追加的な環境保全措置を講じます。この継続的な調査と対応は、環境への責任ある姿勢を示すとともに、将来の事業における予測精度の向上にも貢献します。
また、長期的な事業では、社会環境や自然環境の変化に応じて、当初想定していなかった環境課題が生じる場合もあります。こうした変化にも柔軟に対応できるように、定期的な見直しと追加調査の体制作りも重要です。
(4)累積的な環境影響評価の検討
近年、同一地域で複数の事業が行われる際に発生する累積的影響が重要視されています。
個々の事業単位で環境基準を満たしても、複数の事業活動の影響が重なることで、環境に大きな負荷がかかる可能性があるためです。
たとえば、ある地域で複数の風力発電所が建設される場合、各事業者が個別に環境影響評価を行います。
加えて、周辺の既存・計画中の風力発電所も含めた累積的な騒音などを評価することが求められています。
このような累積的影響の評価は、法令上の明確な規定がない場合も多いですが、先進的な企業では自主的に取り組むケースが増えています。そのため、今後さらに、地域全体の環境保全を視野に入れた広い視点での評価が重要になるでしょう。
(5)環境影響評価の係る技術の普及と人材育成
環境影響評価の質を高めるには、最新の環境調査技術や予測手法を導入するとともに、適切に活用できる人材育成が不可欠です。先進的な環境影響評価技術としては、以下のようなものがあります。
環境影響評価技術 | 主な内容 |
---|---|
GIS(地理情報システム)を活用した空間解析 | 地理情報システムを用いて環境データを可視化・分析 |
AIを活用した生物調査 | 画像認識技術などを活用した効率的な生物モニタリング |
ビッグデータの解析 | 長期的な環境データの蓄積と統計的分析 |
デジタルツインによるシミュレーション | 仮想空間で開発後の環境変化を予測 |
こうした技術の導入と並行して、環境科学の知識と社会コミュニケーション能力を兼ね備えた人材育成も重要課題であり、科学的側面と社会的側面の両方を持つ分野であり、双方の専門性が求められます。
その他にも、外部の専門家や研究機関との連携も有効です。最新の環境分野における研究の動向を事業に取り入れることで、より精度の高い環境影響評価が可能となります。
4.日本企業や自治体等の環境アセスメント事例
(1)株式会社ユーラスエナジーホールディングス
再生可能エネルギー開発大手の株式会社ユーラスエナジーホールディングスは、全国各地で風力発電事業を展開しており、数多くの環境影響評価を実施しています。特に注目すべきは、地域との対話を重視した環境影響評価のアプローチです。
同社は、風力発電所建設にあたり、法定の手続きに加えて独自の住民説明会を開催し、住民の懸念事項に丁寧に対応しています。
環境影響評価の結果を踏まえ、渡り鳥の多い時期に風車の運転を一時停止する「バードストライク防止運用」や風車の配置を見直して景観への影響を低減するなどの対策を講じています。
こうした取り組みにより、再生可能エネルギーの普及と地域環境の保全を両立させ、持続可能な事業展開を実現しています。
参考元:環境省 環境影響評価情報ネットワーク 環境アセスメント事例情報
(2)日本製鉄株式会社
日本製鉄株式会社は、2025年4月に「(仮称)日本製鉄株式会社九州製鉄所八幡地区構内天然ガス焚き発電所建設計画」に関する環境影響評価配慮書を公表しました。この事例は、大規模な産業施設における環境影響評価の好例の一つです。
同社は、配慮書の段階から複数案の比較検討を行い、環境負荷の少ない案を選定するプロセスを明確に示しています。また、地域住民からの意見聴取を重視し、配慮書を公表するとともに広く意見を募集しています。
最新の環境技術を導入した排ガス処理設備や騒音防止対策など、具体的な環境保全措置を計画に盛り込んでいます。
参考元:日本製鉄株式会社
(3)愛知県知多都市計画道路延長工事
愛知県の「知多都市計画道路1・3・6号西知多道路」は、公共事業における環境影響評価の代表的事例です。約18.5kmの道路建設に伴い、生態系や大気環境、騒音・振動など、さまざまな環境要素への影響を評価しました。
この事例の特徴は、環境大臣からの意見を踏まえた丁寧な環境への配慮にあります。特に、希少な湿地植物群落の保全や、道路沿線における騒音低減の環境保全措置が充実しています。
また、事業の各段階で住民説明会を開催し、環境影響評価の結果や対策について分かりやすく説明する取り組みも行われました。この事例では、公共事業でも環境影響評価を通じて環境と調和した社会基盤整備を進める姿勢が示されています。
参考元:環境省 環境影響評価情報支援ネットワーク 環境アセスメント事例情報
(4)東埼玉資源環境組合第一工場ごみ処理施設プラント更新事業
廃棄物処理施設の更新事業における環境影響評価の事例として、東埼玉資源環境組合による「第一工場ごみ処理施設プラント更新事業」が挙げられます。この事業では、既存の焼却施設を最新の技術を導入した施設に更新する際に、環境影響評価を実施しました。
特筆すべき点は、既存施設の運転データを活用した精度の高い予測評価と周辺住民との丁寧なコミュニケーションです。更新前後の大気汚染物質排出量の比較や施設運転時の騒音・振動データなど、具体的なデータに基づいた環境影響評価を行い、その結果を住民説明会で分かりやすく説明しています。
また、環境影響評価の過程で明らかになった課題に対して、当初の計画を見直し、より環境負荷の少ない処理方式を採用するなど、アセスメントの結果を実際の事業計画に反映させている点も高い評価を得ています。
参考元:東埼玉資源循環組合
5.まとめ
環境影響評価は、法令・条例に基づく手続きの一つですが、形式的な対応にとどまらず、実質的な環境保全と地域との共生を目指すことが重要です。地域住民とのコミュニケーションや最新の環境技術の導入、事後調査の継続的実施などへの取り組みが、環境影響評価を効果的に行うポイントです。
環境影響評価を経営戦略の一部として積極的に活用することで、環境と調和した持続可能な事業活動が実現可能です。今後ますます、気候変動や生物多様性などの環境課題が重視される中、環境影響評価の重要性は一層高まっていくことが予想されます。