気候変動や人権問題への対応、ESG投資の拡大など、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。こうした中で注目されているのが、「サステナビリティ経営」です。これは単なるCSRの延長ではなく、環境・社会・経済の持続可能性を経営戦略に組み込み、中長期的な企業価値の向上を目指す経営手法です。
本記事では、サステナビリティ経営の定義、目的、導入によるメリット、さらに実践のポイントなどを具体的に解説します。
1.サステナビリティ経営の概要と背景

(1)サステナビリティ経営とは
サステナビリティ経営とは、企業が経済的な成長を図りつつ、環境保全や社会的責任を果たすことを経営戦略に組み込む手法です。従来のように短期的な利益のみを追求するのではなく、長期的な企業価値の向上と持続可能な社会の実現を目指します。
たとえば以下のような具体的な取り組みが挙げられます。
- 再生可能エネルギーへの切り替えやCO₂排出量の削減
- サプライチェーン全体での環境配慮
- 働き方改革や多様性のある職場づくり
- 地域社会やステークホルダーとの持続的な関係構築
こうした取り組みは単なる社会貢献にとどまらず、企業のブランド価値の向上やリスク回避、投資家からの評価向上にもつながります。実際、ESG(環境・社会・ガバナンス)を重視する機関投資家は、サステナビリティに真剣に取り組む企業を投資先として優先する傾向が強まっています。
サステナビリティの重要課題については、以下の記事をご覧ください。

(2)サステナビリティ経営における3つの観点
サステナビリティ経営の中核をなすのが、「環境(Environment)」「社会(Social)」「経済(Economy)」の3つの観点です。これらはESG(環境・社会・ガバナンス)やCSRの考え方とも重なる要素であり、いずれも企業の持続可能性に直結します。
環境(Environment) | CO₂排出量の削減、再生可能エネルギーの導入、廃棄物のリサイクル・資源循環の推進など |
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社会(Social) | ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進、安全で働きがいのある労働環境の整備、公正な取引の実現など |
経済(Economy) | 責任ある投資判断、サステナブルな製品・サービス開発、リスクマネジメント体制の整備など |
これらの3要素は互いに独立しているのではなく、段階的・構造的に関連しています。
たとえば、環境に配慮した製品開発が社会的支持を集め、結果的にブランド価値が向上し、収益性にも寄与するといった好循環です。
(3)サステナビリティ経営が求められる背景
サステナビリティ経営が強く求められるようになった背景には、企業の事業活動が社会や環境に大きな影響を与えている現実があります。たとえば、気候変動や森林破壊、水質汚染など、環境問題の深刻化などです。
持続可能な社会の構築のためにも事業活動における、環境への配慮や社会的責任の強化などが求められています。以下では、サスティナビリティ経営が求められる主な理由について解説します。
①投資家の関心の高まり
近年、投資家や金融機関の間でESG(環境・社会・ガバナンス)を考慮したサステナブル投資(ESG投資)の比重が高まっています。具体的には、以下のような傾向があります。
- 投資家は「脱炭素方針」「SDGsへの取り組み」「人権方針の明示」などを開示する企業を優先的に評価
- 消費者も、環境・社会に配慮した企業の商品やサービスを選ぶ傾向が強化
このように、サステナビリティに積極的な企業は、資金調達の容易さやブランド価値の向上といった経済的メリットを得る可能性が高まっており、取り組みの有無が競争優位性に直結する時代となっています。
②法規制の強化
各国で、環境・労働・情報開示に関する法規制の強化が進んでおり、企業は以下のような国内外のルールへの適応を迫られています。
国内法の例 | ・環境基本法、大気汚染防止法、水質汚濁防止法 ・労働基準法、男女雇用機会均等法 など |
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国際的な規制・基準の例 | ・CSRD(企業サステナビリティ報告指令) ・EUタクソノミー(環境に配慮した経済活動の分類基準) ・TCFD(気候関連財務情報開示) ・SFDR(ESG投資開示規則) ・コーポレートガバナンス・コード など |
これらの基準はグローバル展開していない企業にも波及するケースがあり、たとえばサプライチェーンを通じた間接的関与でも、投資家や取引先から説明責任を問われることもあります。
③企業競争力の向上
企業がグローバル市場で生き残るためには、ESGへの対応を経営戦略の一環として組み込むことが不可欠です。
欧米を中心に、持続可能性を重視する企業が市場で高く評価される傾向にあり、日本企業もこれに遅れを取らないために、以下のような変革が求められています。
- サステナブル製品・サービスの開発
- カーボンニュートラル達成に向けた中長期戦略の明示
- ステークホルダーとの積極的な対話と情報開示
2.サステナビリティ経営とESG経営の違い
サステナビリティ経営とESG経営は、企業の持続可能な発展を支える重要な概念ですが、アプローチや機能の役割に明確な違いがあります。
サステナビリティ経営 | ESG経営 | |
---|---|---|
企業にとっての役割 | 経営の「目的」や「理念」を示す | サステナビリティ実現のための「実行手段」「管理指標」 |
定義 | 環境・社会・経済の持続可能性を重視した経営理念 | 環境・社会・ガバナンスの視点で企業を評価・管理する経営手法 |
目的 | 企業と社会の長期的な持続的成長の実現 | 投資家・市場からの信頼を得るためのリスク管理と情報開示 |
対象とするステークホルダー | 社会全体(消費者、地域、従業員など広範囲) | 主に投資家、株主、金融機関 |
評価軸 | 長期的なビジョン・企業価値・社会的インパクト | ESGスコア、非財務情報の開示、リスク・機会の把握 |
つまり、サステナビリティ経営が「企業としての長期ビジョン」であるのに対し、ESG経営はそのビジョンを達成するための「行動指針・管理ツール」といえます。
企業がサステナビリティ経営とESGの両方をバランスよく統合することで、環境・社会・ガバナンスのリスク管理を強化し、持続可能な成長を促進できます。
ESG経営については、以下の記事をご覧ください。

3.サステナビリティ経営のメリットとデメリット
サステナビリティ経営は、企業の長期的な成長と社会的責任を両立させる重要な戦略ですが、その導入にはメリットだけでなく、いくつかの課題も伴います。以下では、サステナビリティ経営のメリットとデメリットについて詳しく解説します。
(1)サステナビリティ経営のメリット
①企業ブランドと信頼性の向上
環境や社会に配慮した経営姿勢は、企業イメージの向上や社会的信頼の獲得につながります。
近年は、エシカル消費やサステナブル商品への関心が高まっており、環境配慮型の商品・サービスを提供する企業は、消費者や地域社会から高い評価を得る傾向にあります。
また、SDGsへの貢献や地域活動への参加は、企業の社会的価値を高め、新規顧客・取引先の獲得やビジネスパートナーとの関係強化にもつながります。

②中長期的なコスト削減
サステナビリティ経営は、エネルギー使用量の削減や廃棄物の削減といった運用コストの最適化にも貢献します。
たとえば、再生可能エネルギーの導入や工場設備の省エネ化、資源の再利用といった施策を進めることで、長期的なコスト削減と収益性の向上が可能となります。経済性と環境配慮を両立できる点は、企業経営上の大きな利点です。
③投資家・金融機関からの評価向上
ESG(環境・社会・ガバナンス)を重視した経営は、投資家や金融機関からの評価を高める要因となります。特に、国連責任投資原則(PRI)への署名機関の増加に象徴されるように、ESG対応は資金調達における新たな“信用力”と見なされつつあります。
気候変動への対応、温室効果ガスの削減目標、ESG情報の開示といった具体的な取り組みは、企業の透明性や成長性を示す指標として、金融市場でも高く評価されています。
④人材の確保・定着
サステナビリティへの取り組みは、社会課題に関心の高いミレニアル世代やZ世代の求職者から支持を得やすく、優秀な人材の獲得につながります。
また、環境保全や地域貢献に参加できる企業文化は、従業員の帰属意識やモチベーションを高め、離職率の低下や職場満足度の向上といったプラスの効果を生み出します。人材は企業の最大の資産であり、サステナビリティ経営はその基盤を支えます。
⑤リスクマネジメントの強化
気候変動、資源価格の高騰、法規制の強化、サプライチェーンの分断など、企業を取り巻くリスクは複雑化しています。サステナビリティ経営は、これらの環境・社会・ガバナンス関連リスクを体系的に管理するための有効な手段です。
たとえば、TCFD(気候関連財務情報開示)に沿ったリスク開示や、ESGリスクの定量評価を行うことで、早期対応と備えが可能になり、経営の安定性が高まります。結果として、サステナビリティ経営は突発的な環境・社会変化にも強い、レジリエンスのある企業体質の構築に寄与します。

(2)サステナビリティ経営の注意すべきデメリット
①初期投資や運用コストの負担
企業がサステナビリティ経営に取り組む際には、業務プロセスの変更が必要です。そのため、労働時間や人件費の増加が懸念されます。たとえば、環境に配慮した製造工程や原材料への切り替えによって、製造原価が上昇する可能性があることから、初期投資や運用コストの負担が避けられません。
②販売機会の損失
特に、サステナビリティの意義に対する理解が進んでいないステークホルダーに対しては、取り組み内容がコストアップや利便性低下と見なされることもあります。
販売機会の損失リスクを回避するには、ステークホルダーとの継続的な対話を通じて、企業の方針や長期的なビジョンを共有し、共通認識を構築することが大切です。また、変更の影響を最小限に抑えるために、段階的な導入・代替案の提示も有効です。
③社内の理解不足と推進体制の課題
サステナビリティ経営を企業全体で推進するためには、経営層・ミドルマネジメント・現場の間で共通認識と連携が必要です。
しかし現実には、経営層の方針が十分に伝わらなかったり、現場での実践につながらなかったりするケースも多く見られます。また、ESG施策のKPI(成果指標)や評価基準が未整備の企業では、効果測定や社内浸透が進みにくいという課題もあります。
社内研修やコミュニケーションの強化、KPIの設定、ミドル層へのリーダーシップ研修などを通じて、組織全体での理解と実行力を高めることが不可欠です。評価指標を明確にすることで、従業員の意欲や貢献も可視化され、サステナビリティ活動の継続性が高まります。
4.サステナビリティ経営の実践ステップ
(1)現状分析と課題の特定
サステナビリティ経営の出発点は、自社の現状を正確に把握することです。これは、将来のビジョンを構築するための土台となります。まず、SDGs(持続可能な開発目標)やカーボンニュートラルとの整合性を踏まえ、2030年〜2050年といった中長期スパンでのビジョンを策定します。
その上で、環境・社会・経済の3側面から現状を多角的に分析し、実態と理想とのギャップを可視化することが重要です。
また、マテリアリティ(重要課題)を特定するプロセスも欠かせません。ステークホルダーにとって重要なテーマを洗い出し、優先順位を設定することで、戦略的な意思決定の基盤をつくります。

(2)目標設定と戦略策定
戦略の構築では、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の視点が不可欠です。
SXとは、企業と投資家との対話を通じて、収益性と持続可能性を両立させる経営変革を意味します。つまり、単なるCSR的な活動ではなく、経営の中心にサステナビリティを据える考え方です。
達成基準の明確化における具体例は、以下のとおりです。
- 2030年までにCO₂排出を50%削減
- 5年以内に全社員へのESG教育を完了
- 2040年に向けた再エネ100%達成
数値や期限を具体的に定めることで、社内の意識統一と進捗管理がしやすくなります。
(3)実行計画の策定と実施
設定した目標を実現するためには、バックキャスティング思考を用いて、あるべき未来から現在に立ち返って行動計画を立てることが有効です。SDGsやESGの視点を取り入れつつ、次のような各部門別の具体施策を検討します。
人材戦略 | 将来を担う人材の採用・育成方針 |
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サプライチェーン | 調達先の環境対応状況の確認・見直し |
リスクマネジメント | 気候変動リスクや法規制への対応強化 |
事業開発 | 脱炭素・循環型社会に貢献する新規事業の創出 |
さらに、施策の実行にあたっては従業員への説明と巻き込みが不可欠です。なぜ今この取り組みを行うのか、どのような価値を生むのかを丁寧に伝えることで、社内の理解と協力が得られやすくなります。
実施のタイミングとしては、中長期の経営計画策定や経営陣の交代、会社設立の節目、年度末の業績報告などを活用すればスムーズに導入できます。
(4)サステナビリティ関連の情報開示
実施段階に入ったら、次は社外への情報開示が必要です。これは、企業の姿勢を示すと同時に、ステークホルダーとの信頼関係構築に不可欠です。開示手段としては、以下のようなチャネルを活用できます。
- 統合報告書、サステナビリティレポート
- 自社ホームページ、SNS、プレスリリース
- 株主総会、IR資料
情報開示では、透明性・客観性・簡潔性が求められます。数値やKPIの提示を通じて、企業の進捗や課題を正直に伝えることが信頼向上につながります。
(5)モニタリングと改善
サステナビリティ経営は、計画して終わりではなく、定期的なモニタリングと改善を通じて成熟させていく必要があります。
KPIやESG指標などを用いて進捗状況を数値で可視化し、達成度や課題を評価します。未達成の目標に対しては、原因を分析し、施策の見直しや追加対策を行います。
この改善プロセスを継続することで、企業のサステナビリティ経営はより強固なものとなり、社会的信頼や投資家からの評価も高まります。
5.サステナビリティ経営を支える制度と支援
サステナビリティ経営を効果的に推進するためには、企業単独での取り組みだけでなく、制度的な後押しや外部支援の活用が重要です。ここでは、サステナビリティ経営を支援する主な制度・サービスをいくつか紹介します。
(1)脱炭素経営への取り組みを支援する各種ガイドやツールの提供
環境省では、以下の政策を通じて脱炭素経営への取り組みを支援しています。
政策 | 内容 |
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地域脱炭素推進交付金 (地域脱炭素移行・再エネ推進交付金、特定地域脱炭素移行加速化交付金等) | 意欲的な脱炭素の取組を行う地方公共団体等に対して、地域脱炭素推進交付金により支援 |
ゼロカーボンシティ実現に向けた地域の気候変動対策基盤整備事業 | 地方公共団体における脱炭素化(ゼロカーボンシティの実現)のための基礎情報を整備・提供 |
地域脱炭素実現に向けた再エネの最大限導入のための計画づくり支援事業 | 再エネの最大限の導入と地域人材の育成を通じた持続可能でレジリエントな地域づくりを支援 |
地域レジリエンス・脱炭素化を同時実現する公共施設への自立・分散型エネルギー設備等導入推進事業 | 災害・停電時に公共施設等へエネルギー供給が可能な再生可能エネルギー設備等の導入を支援 |
業務用建築物の脱炭素改修加速化事業(経済産業省・国土交通省連携事業) | 既存業務用施設の脱炭素化を早期に実現するため、外皮の高断熱化及び高効率空調機器等の導入を支援 |
脱炭素型循環経済システム構築促進事業 | 脱炭素化に資する資源を徹底活用する技術の社会実装に向けた実証事業を行っている |
地域脱炭素の推進に向け、再エネ導入計画の支援や公共施設への分散型エネルギー設備導入、地域人材育成などを含む多様な交付金制度が整備されています。加えて、業務用建築物の高断熱化や省エネ設備の導入、資源循環を促進する実証事業など、脱炭素型の経済・社会システムを構築するための支援も拡充されています。
6.まとめ
サステナビリティ経営は、環境・社会・経済のバランスを保ちつつ、持続的な企業成長を目指す経営手法です。
メリットだけでなく、コスト面や体制整備の課題もありますが、支援制度やツールを活用することで実践可能です。
そのため、サステナビリティ経営は、企業価値や投資家との信頼関係の向上が期待できるものとして、今後ますます重要性が高まることが予想されます。